『 進化の定め 』

             


第1部南鳥島


第1章

★プロローグ(2046 年:夏)

「そ、そんなことって!!・・違います!この子はそんなんじゃありません!!」
母親らしい女性の悲痛な叫び声が広い部屋に響いた。

青い制服を着た男は、困ったような同情するような顔をしながら、しかし冷たく
言い放った。

「奥さん、これは政府が決めた事です。逆らえばあなただけではなく、家族や親戚
すべてが抜きさしならぬ事態を迎える事になるんですよ」

「でも、でもこの子は・・晶は人間です。ホラ、見てください。どこにも奇形のよ
うなとこはないじゃないですか!」
そう女性は言って、我が子をさし上げてみせた。

男は逡巡しながら、頭をふりふり諭すような口調で言う。
「そう、それは外見的には、普通の人間にしか見えませんな。しかし・・その遺伝子
には確実にベム化する要素を持っているんですよ。我々としては後々の人類の遺伝子
を守るために、あなたのお子さんを隔離するしかないのです。わかってください」

こう言うと、男は部下の者数名に目で合図し、彼らは強引に子供を母親から引き離し
た。絶望からか、母親の抵抗は弱々しく、子供はすぐに男の部下の手に渡った。

「こうするしかないのですよ。奥さん。我々の未来を守るためです」
こう言って男はきびすをかえすと、部下たちに「引き上げるぞ!」と怒鳴り、女性の
前を去っていった。子供は男の部下の手の中で何も知らずあどけない顔を見せていた。
自分の運命を知って、まるであきらめたかのように泣きもしない。

そのかわりに母親の号泣が屋敷じゅうに響きわたっている。

その声を聞き、男は去ろうとした屋敷を振り返った。立派な屋敷であった。洋風の
建物に芝生のある奇麗で威厳を感じさせる建物だ。この家の主人は貿易で財を為した
財産家でもある。勿論、それなりの権力も持っている。しかしそういう人間でさえも
この法律の前では一般市民と同じなのだ。

嫌な役目である事は承知である。せめて子供を処分せずに隔離するだけなのが救い
と言えばそうであった。
男は冷徹な表情でカード電話を取り出し、アドレスを打ち込む。相手が出たのか
話しはじめた。しかしそれは短い一言で終わった。
「西暦2046年 Aug 15 コード0012869BEMの回収隔離が終了した。これ
から本部に戻る。報告者、回収担当補佐官 秋山信吾。以上」

こう言って男・・秋山は自動操縦の電気CAR に乗り込み、行き先のアドレスを命ずる。
これに呼応して、車は I SEE ! とメッセージを出し、動きはじめた。

秋山は車内で黙考していた。これからどれだけの BEM たちをその母親から奪って
いくのだろうか??と。
事の起こりは2020年の事だ、20世紀の末期に環境ホルモンの影響が騒がれた
が、我々の飲む水道水にも遺伝子に影響を与える物質が確認されていた。そして
騒がれた時はすでに遅く、それは確実に次世代の人間に影響を与えていたのだ。
いわゆる遺伝子異常だった。
2015年には、その影響がまるで堰を切ったように吹き出した。遺伝異常を
おこした子供達が続々と生まれたのだ。
はじめは残虐性の強い精神異常としてその症状があらわれていたのが、しだいに
それは肉体へも影響を及ぼしはじめていた。

肉体変化である。これを 「BEM化」と呼んだ。その名のとおり、妖怪じみた奇形
であった。獣人化というケースもあった。単に奇形ならば問題も大きくはなかっ
たものが、獣人化となると問題がある。彼らはいわゆる特殊な能力を備えている
のだ。強い肉体、牙などだ。中には考えられないほど特殊な能力を持つものもあ
る。胃液を吐き出してすべてのものを溶かしてしまう能力・・これらは正常な人
類にとって危険な存在であった。しかも精神的にも不安定であり、いつ暴走するか
わからない。これがため、BEM化した人間はすべて孤島に隔離される事になった。
太平洋に浮かぶ「南鳥島」がそうである。

しかし、最初は奇形だけを隔離していたものが、一種の「断種法」にまで発展
したのだ。つまり正常な人類の種を保存するならば、遺伝異常を持つ子供をすべて
隔離してしまおうという意図であった。

単なる肉体の変形だけではなく、精神的な特殊能力を持つ子供もその対象となっ
たのだ。それは超能力を持つ子供達であった。
最初は反対の声も上がった。みかけは正常な子供である。愛くるしい顔を見れば
誰もが同情したのだ。
しかし、2019年一人の子供が暴走したのだ。その子は外見は何も正常な人間
と変わらなかったが、特殊な能力を持っていた。物体を意志の力で動かすという
超能力である。これが暴走し、ビル一つを破壊してのけたのだ。

はじめは同情していた人間も、やがて隔離に賛成する事になっていった。何よりも
自分達の生活が主なのだ。それを脅かすものは排除されねばならない。それに隔離
であって「処分」ではないこともこの法律を確定させる要因ともなった。

こうして、2020年に「BEM化人間隔離法」が制定され、何人といえどもこれに
反する事はできなくなった。反したものは、すべての財産を没収の上、無期懲役
をかせられる。

こうして生まれてすぐに「DNA 検査」がおこなわれ、BEM化の要因が見られた者は
すべて隔離施設に送られる事になったのだ。

秋山は車の「到着した」というメッセージに我にかえった。ふと、横目で赤ん坊を
見た。いまだ泣きもしない。おとなしくしている。その目は澄んで清らかである
にもかかわらず、屠殺場に送られる牛のような脅えたような、あきらめたような
目をしていた。この目を見るたびに、秋山は自分の職務が呪わしくなる。

しかし、任務は任務。逆らう事は許されない。秋山は心を鬼にして、赤ん坊を連れて
いったのだ。

★ 2060年 春(南鳥島)

彼は海を見ていた。そう、今はまだ「彼」だ。ずっと遠くにあるという天国の場所
を夢見ていたのだ。
ここは地獄だと看守は言う。「人間」たちだ。外見は彼と変わらないのに、あきら
かに、彼と彼らは違うらしい。それがために自分はここにいるのだと教えられた。
小さな島であった南鳥島は、島自体は緑のあふれる島に変貌している。そして
その回りには近代的な設備・・建物が配置されていた。元々、三角形の形をした
周囲2キロ程度の島であったが、このために実際の島の大きさの何倍にもなってい
るように見える。もとは珊瑚礁であった部分が今はすべて建物と化していたのだ。

しかも島の外に行けばいくほどそのビルは高くなり、構造的に刑務所の壁とかわら
ないようになっていた。まるで火山のカルデラのような形になっている。
島の中心部には、灯台があり、ここだけが唯一島の外を見る事ができる場所だった。
かつてあった滑走路も今は無く、平坦なジャングルと化していた。

この灯台から南は、これまた大きな建物の壁で仕切られていた。一度だけ見た事が
あるが二度と行きたくない場所だった。
島は灯台を中心に2つに区分されている、ひとつが彼のいる場所であり、外見は
普通の人間である。ミュータントを略して、彼らは mew と呼ばれていた。

南には、この世の者とは思えない獣人区であった。獣人化した人間は、狂暴である。
しかも力が強い。最初は mew 達も一緒に入れられていた島だったが、彼らは力は弱
く、次々と殺されてしまったのだ。これが原因で、獣人区と、mew 区とを明確に分け
る事となった。

彼はmew の中でも特に弱かった。同じ mew でも力の強い者はいる。精神的にも不安
定だが、獣人たちと違い彼らは「教育」を受けていた。そのために力の制御を学び、
物体を移動したりする超能力を暴走させないように教育されていた。

だが、ここにいる彼は誰と比べても弱かった、力は潜在的にあるらしいのだが、
いまだ発揮された事はなく、自分の意志でもないのに突然性別が変化するという
肉体異常のみであった。
とは言うものの、彼も他の mew たちと同じく、ここに入る段階で「断種」されてい
る。SEX はできるが、生殖能力は無いのだ。遺伝子を残さない為であった。

南は恐ろしい獣人たちのいる生き地獄。北は、彼の地域ではあってもからかわれ
いじめの対象となる地獄であった。
せめて見た事のない、彼の生まれた世界。正常な人間達のいる世界。そこには
彼の母親もいるはずだ。渇望してやまず、それでも絶対に手にいれることのかなわ
ぬ「夢」ではあった。
そうとは思いながらも、彼は一時のやすらぎを求めて、毎日この灯台に登らざる
をえなかったのだ。

「オイ!オカマ野郎。何やってんだ!!」

いきなりの罵倒が後ろからたたきつけられた。彼が振り替えるまもなく、16才
くらいの男達5人が彼の身体を押さえつけた。
狭い灯台の頂上である、逃げ場はどこにもなかった。派手に動けば手すりから落ちて
死んでしまう事だってありうるのだ。

「やめろっ!放してくれっ!」彼は身をよじりながら叫んだ。男達はニヤニヤした
微笑を顔にはりつけていた。何かを期待するようにだ。
単なるいじめではない。何かを求めているのがわかる。これから起こる事に期待を
し、予感している顔なのだ。

彼はTシャツと短パンという格好だったが、いきなりTシャツに手をかけられると
一気に引きおろすように破られた。彼の平らな胸がむき出しになる。たくましい
などとは決して言えないほど痩せた胸だった。
4人が各手足を押さえつけ、彼はまったく身動きがとれない。灯台のコンクリート
の床に押さえつけられた状態だった。コンクリートの冷たい感触が背中を刺激する。
吹く風は強く、彼の長い髪の毛は顔にかかっていた。
5人目のリーダーらしい男が、いきなり彼の頬を叩く。

パシッ!!風の音に交じって勢いのある乾いた音が響いた。
彼はこのたった一度の暴力に身をすくませてしまっていた。抵抗なんかできるはず
ない・・。相手は5人だ。
ヘタをすると殺されてしまう。
彼は懇願した。

「お願いです。叩かないでください。身体を傷つけないで・・」

言いおわる前に彼らのリーダーが言った。

「おっと、俺達の目的は知ってるよな。へへへ。分かってるだろショウ。俺だって傷
つけたかぁないんだよ。でもないじめなきゃ俺が思うようにはならないだろ?」

こう言って、彼はニヤニヤしながらショウを弄びはじめた、仲間に羽交い締めにさせ
たまま、じわじわとショウを苛み追い詰めていった。

助けて!・・彼・・ショウはそう思っていた。全身に鳥肌がたつ。
その瞬間、身体中が激しく痙攣する。その途端、今まで短パンを盛り上がらせていた
部分が、一気に消滅した。まるで消え失せたかのようにだ。

男はショウから身体を放して言った。

「へっ、やっと始まったぜ」
下卑た笑い声をあげながら、仲間達4人に話しかける。
それを合図のように、手足を押さえつけていた4人もショウの拘束をとき、ショウ
を囲むように立っていた。

「ホラ、始まるぞ」

4人のうちの誰かが言った。

痙攣を続けるショウ。
その身体は筋肉が全身を締め付けるようにはげしくうごめいていた。そして唐突に
痙攣はおさったのだ。
しかしまだ終わってはいなかった。ショウの身体は、変化をみせていた。はじめに
腰回りが大きくなった。ウェストは細く引き締まっていく。肩幅も、もともとガッチリ
したものではなかったものが更に細くか弱く変化していく。
最も大きな変化は、はだけている胸だったろう。急速に膨らみはじめたのだ。風船が
ゆっくりと膨らむようにだ。
それとともに筋だらけの身体が丸みを帯び、女性らしい脂肪に変化していく。

まるでモーフィングされたように身体が女性のものへと変化していく。

そうして数分が過ぎると、そこにはTシャツを引き破られ、大きなお尻に短パンを
はいた若い少女が横たわっていたのだ。

男のうちの一人が言う。
「どうやら終わったみたいだぜ。しっかし、えぇー眺めやのう。何度見てもこの変化
は飽きがこないわ。これがまた刺激するんだよな」

「オイ、で・・誰が最初だ??」ともう一人が言う。

「勿論、オレが先さ、まだ変身したばかりの方がイヤがってていいからな」
こう、リーダーらしき男が言うと、回りの連中は全員黙りこくった。
どうやら彼には力があるらしい。回りの誰よりも強い力が・・。

ショウは目をさまし、自分が拘束されていない事に気が付いた。そして思わず立ち
あがろうとするが、バランスが悪い。胸のあたりが重いのだ。
そして自分が変化している事に気が付いた。
また・・だ。また変化したんだ。苛まれ、精神が限界に達すると女性に変化してしまう
遺伝異常なのだ。自分で制御はできなかった。暴力をふるわれ、身をすくませてしま
い、追い詰められると、必ずこの変化が起こるのだ。
島の医者は、一種の擬態だと言う。強くみせるような擬態ではなく、危険に対して
保護されるような愛らしさを擬態する能力だと言う。子供がすべて母性本能を刺激
して保護慾をおこさせるのと同じなのかもしれない。
しかし、ショウの擬態は、完全なものだった。遺伝子レベルでの擬態なのだ。

一度こうなるとしばらくは元に戻れない。戻れるのは自分の心から襲われる記憶に
めどがついた時だった。
しかし、今はそんなことを考えている時間がない。逃げなくては・・彼はそう考え
彼らから逃げ出そうとした。しかし灯台は狭い。入り口はひとつだ。
それでも少しでも遠く離れようと空しい努力が続く。

彼らから逃げ出そうと数歩を歩んだ時、突然身体が言う事をきかなくなった。
彫像のようにその姿勢のまま固まってしまったのだ。

そしてまるで見えない手が彫像を180度動かすようにゆっくりとショウの身体は
回転し、彼らの正面へと向けられていた。
ヒロキだ・・そうショウは考えた。彼らのリーダーであるヒロキの目が光っていた。
いや、正確には、目の色が変わっていた。白熱したように瞳孔が白くなっている。
ヒロキは超能力者なのだ。典型的な mew だ。他の4人も同じような力を持っているが
ずっと弱いものだった。

ヒロキの白い瞳孔がより広く広がる。更に力を強める時の兆候だった。

ショウの短パンのチャックがズッと言う音ともに下がった。そして両側に引っ張られる
ように短パンは下着とともに二つに割けてしまったのだ。

ショウはTシャツ一枚、それも引き破られ、胸がむき出しになっている格好だった。
胸を、股間を隠したくても身体はまったく動かなかった。

ヒロキはにやにや笑いを浮かべながら数歩近づいてくる。
ショウは悲鳴をあげていた。勿論、声は出ない。心の悲鳴だった。
彼らの目的はわかっている。何と言っても、ここには若い女性はいないのだ、女性
のmew は別なところに隔離されている。ショウは彼らにとって格好の慰み者であっ
た。

ショウは泣いていた。抵抗できない自分に泣いていた。男たちは目的を果たして去り、
陵辱されたままのショウだけが灯台のコンクリートの上で横たわっていた。
また心の傷が癒えるまでにしばらくかかるだろう。

何故自分はこんな目にあわなくてはならないのか?何故両親は自分を捨てたのか?
沸き上がる疑問に答えてくれるものはいなかった。
ただ優しく風だけが、ショウの頬をなぐさめるようになぜていた。

★花御殿

南鳥島の北の更に北にある一画は、さらに隔離された場所にあった。南鳥島が
世間から隔離された場所ならば、獣人たちから隔離された場所が南鳥島の北である。
そして更に隔離された場所が北のはずれにあった。

超能力を持った若い男性たちから守るために作られた少女たちの隔離場所である。
意図的に優しさを強調するかのように花ばかり植え付けられた場所であった。
別名、花御殿というのが北での呼び方だった。

男たちは、思春期の者ばかりである。そのまま男女混成にしていれば、少女たちは
陵辱されてしまうのだ。だから北のほとんどは男ばかりの世界でもあった。
ショウは特殊な存在である。男でもあり、女でもある。かと言って、男の時に
女の場所にいさせる事もできず、またショウ1人のために隔離場所を設けるわけ
にもいかないのだ。
結局、ショウは男性の時は男性の場所に、女性の時は女性の場所にいる事になった。

ショウは、花御殿の中心部にある病院で手当を受けていた。
洗浄され、傷ついた部分を手当されていた。打撲だけだが、心の傷は深い。
こうして陵辱され、女に変化して花御殿に来たのは3度目であった。
またしばらくはここですごさなくてはならない。

男たちのグループにいるのと違い、女たちは暴力をふるったりはしなかった。
彼女たちのほとんどは、テレパスである。人の心を読めるのだ。
そして、ショウの記憶を読んでは、嫌悪していた。だからショウには誰も近づかない。
遠くから心を読んで、軽蔑するだけだった。ここにもショウの味方は誰もいなかった。

男たちにとってショウは慰めの対象であり、女たちにとっては軽蔑の対象でしかない
のだ。
その事実が、ショウの心を苛んでいたのだ。誰も味方がいない。友達といえる者も
いない。ショウは孤独であった。

女たちは、クスクス笑いをもらしながらショウを見て軽蔑したように身をさけるのだ。

中には近づいて来るものもいた。しかしそれはからかいである。

「ショウコちゃ〜ん、また苛められちゃったのねー。もぉインランなんだからぁ」
と言って笑いながら去るだけである。
しかし、この女性だけの世界にいれば、また男に戻れるのは確実だった。最初に
変身したのは、10才の時だ。それも陵辱されたのだが、花御殿には連れてこられ
なかったのだ。そして一向に男性化しないので、女性ばかりのここに連れてこられ
た。
彼女たちと接するうちに、ショウの中の男の自覚が出てくると、彼女は彼に戻った。
しばらくの我慢だ・・ショウは心にそう言い聞かせていた。しかしもうひとつの疑問
が浮かびあがる。

「しばらく待って、またあそこに帰り、そしてまた・・」

こう思うと堂々めぐりになる。ショウは絶望しかけていた。
結局、ショウはどっちつかずの存在なのだ。コウモリのように鳥でもなく動物でも
なく・・そして人間でもない。この世のすべての規範からはずれた存在なのだ。
自分を受け入れてくれる場所が無いという事、それがショウの絶望であった。

治療を終え、ショウは花でいっぱいの庭園に出ようとしていた。回りは少女たちの
黄色い声が元気よく飛び交っているのに、自分の回りだけまるで影ができたように
静かであった。
居場所が無い!自分のいるべき場所が無いのだ。他の少女たちは勿論ショウとの同室
は嫌がった。だからショウには帰るべき部屋が無いのだ。いつもシヨウは外壁となっ
ているビルのそばで寝ていた。南国でもあるので、屋根さえあれば別にどうという事
はない。しかも襲われる心配はないのだ。
いつものように、ビルの寝場所へと向かおうとすると、ショウに声をかけてきた
女性がいた。

「ショウ君!」

ショウは振り返った。

「あ、ごめん。ショウコちゃんだったね今は。」

からかいかと思った。ショウコちゃんという呼び名は、からかいで言われる事
の方が多いのだ。しかし、この島の中でただ一人だけ、蔑称としての意味でなく呼ぶ
人がいた。
マリコ先生だった。

彼女は人間だった。看守というよりは医者の一人である。前の年の秋に転勤して
きたのだ。ショウが前に女性化してこの花御殿に来た時に治療してくれた先生だった。
前の時は抵抗したものだから、陰部には裂傷もあり、ひどい状態だった。それを
治療してくれたのだ。

誰もショウの事を蔑む中で、彼女だけは、優しかった。仕事だからというのもあるか
もしれない。本当は蔑んでいるのかもしれない。でもショウには形だけでも優しく
接してくれる彼女が好きだった。

「マリコ先生!」ショウは半分泣きながら彼女のそばに近づいていった。

「だめじゃない、ショウコちゃん。私のところに来る約束でしょ」叱るような
でも優しい声音にショウはわずかばかりの幸福感を感じていた。
そう、彼女は心理カウンセラーでもある。悩みを聞いてくれたりするのだ。
居場所が無いと絶望ばかりしていて、マリコ先生の事を忘れていたのだった。

「さ、行きましょ。私の部屋に」
こう言って彼女はショウを促したのだ。

彼女の部屋は狭いけどシンプルで清潔だった。白い壁にコバルトブルーのカーテンが
あり、薄いブルーのベッドシーツがいかにも南国的な部屋だ。
中央にある2人がけのソファーと、一人用の椅子があった。彼女は1人用の椅子に
座り、ショウをソファに促した。

柔らかいソフアの感触がショウの心を少しだけなぐさめてくれた。

「さ・・て、どうしたのかな?私に話す事で少しでも気がやすまるなら、いくらでも
聞くわよ」

誰も味方のいないショウにとって、話しを聞いてくれる人がいるというのはそれだけ
ですべてを捨ててもいい気持ちにさせる言葉だった。

「せ、先生。ボク。どうしたらいいんでしょう。今回の事はいいんです。前にもあっ
たし、今度は抵抗しなかったから、それほど傷ついたわけじゃありません。でも・・」

「でも??なあに?」

「でも、またあそこに帰ればまた襲われるんです。そしてこっちに収容されます。
でもこっちだって誰も話す人なんかいない!みんなボクの事を軽蔑するんです。
長い時間をそういう中ですごして、またあっちに帰る。そしてまたこっちに・・」

ショウは涙を浮かべて言葉をとぎらせた。マリコは黙って聞いている。
そして、感情が吹き出すかのようにショウは叫んだ。

「先生、いったいボクは誰なんです??どうしてここにいるんです??ボクは獣人でも
ない。かと言って mew でもない。超能力なんてありませんから・・。そして人間でも
無いし、男でもない・・女でもないんです。ボクのいるべきところはどこなんですか?
一体ボクはこの世界のどこに??・・」

ショウはそこまで言って言葉が詰まった。感情が高ぶりすぎて次の言葉が出てこない
のだ。
マリコ先生は、哀れむようにショウを見ていたが、やがて決心したように言い出した。

「ねぇ。ショウコちゃん・・。あなたのいるべき場所って、どこにも無いかもしれな
いけど、どこにでもあるのかもしれないのよ」

ショウは驚いたようにうつむいていた顔をあげた。
「えっ、どういう事ですか?どこにでもあるって??」

「今はまだ分からないかもしれないけど・・あなたは確かに人間じゃないわ。一般的
な意味ではね。特殊の遺伝子があるからなのね。でも、人に優しくて、知恵があって
悪い事と良い事の区別もついて、腕は2本あるし獣人のように牙も無ければ体毛も少
ない。外見は人間とかわりないでしょ。一体どうして人間とそうじゃない者との区別
がつくのかしら?あなたは間違いなく人間から人間として生まれてきたのによ」

マリコはそこまで一気に言って、言葉を吐き出すように続けた。

「でね。あなたは、男でも女でも無いと言ったけど、男でも女でもあるわけよ。mew
じゃないけど、潜在的にその要素はあるってあなたのカルテには出ているわ。だから
mew でもある」

ショウは聞いていて息の詰まる思いで、唾を飲み込んだ。

「という事はよ、あなたはさっきすべての者では無いと言ったけど、逆から見れば
すべての者にもあてはまるのよ。人間でもあり、男でもあり、変身という意味では
獣人の要素も持っている。そしてmew の要素も持っているの。すべてでは無いので
はなくって、すべてなのかもしれないわ」

「う、ウソだっ!!先生、そんな事でボクが信じると思っているんですかっ?だって
現にボクはどこにも居場所が無いじゃないですか。帰るべき部屋だって無いんですよ」

マリコは困ったように頭をめぐらせて、また話しはじめた。

「あのね、それは今のあなたがあまりにも中途半端な存在だからなの。自分の意志とは
無関係に男になったり女になったりしているでしょ。もし、それが自分の意志が制御
できるとしたら??どうかしら?あなたは男でもあり、女でもあると思わない?」

マリコの言葉にショックを受けた。今までそんな風に考えた事が無かったからだ。
「変身を制御する・・んですか?どうやって!?」

「それはあなたの問題よ。私にはどうすればいいかわからないの。でも、あなたの変身
過程から見て、それは意志と肉体が密接につながっているのよ。状況に応じてあなたの
心理的なものが変身を起こすらしい事は分かっているわ。だから心理的なものならば
心を制御する事であなたはどちらの性別にもなれるの。どう??」

ショウは自分の襲われた時の状況を思い出していた。暴力に屈し、受け身の状態になる
と必ず起こるこの変身だった。
ならば・・ひょっとして、暴力に屈せず、毅然とした意志を持ち続ける限り男のままで
変身しないでいられるかもしれない。ショウはそう考えていた。

「さて、これは話しちゃいけない事なんだけど・・。」

マリコ先生は、言葉を飲み込んで、決意したように話した。

「もし、あなたが、どちらの性別にもなれるようにコントロールできれば・・なんだけ
どね。あなたはそれだけで特殊な能力を持つ事になるの。世の中には女性しか入れない
場所とか、男性しか入れない場所とか。色々あるのよね。もし、そのどちらにもなれる
としたら、あなたに性別の壁は無いと言ってもいいわ。そして、もっともっとあなたが
その能力と潜在的な力を出せるようになったら・・・」

その先を言いにくそうに言葉をとぎれさせたマリコにショウは促した。

「もし、出せるようになったら??どうなるんです?」

「そうね。もしできるようになったら、あなたは・・ここから出られるかもしれない
わ」

「・・・・・・・・・・・・」

「で、出られるって??この島からですかっ??」

「そう、この島から出て、本土で暮らせるの。ただし色々と制限があるけどね」

ショウは聞いていなかった。本土という言葉だけで、まるで希望の光が出てきた
ように思ったのだ。つぶらな目を見開いて、食い入るように彼女の目を見る。

「まって。制限って言ったでしょ。詳しくは話せないんだけど、あなたたちは、ここで
教育を受けているわよね。この教育は、習う事は、本土でやっている教育と変わらない
んだけど、ちょっとだけ違うの。それは精神コントロールをつける教育も行っているの
よ。あなた達は、とても特殊な能力を持っている。それはわかるわね?そして外見も
獣人たちのように恐ろしいものではないの。だからとけこもうと思えば、遺伝子を
次世代に伝えるべき能力・・すなわち生殖能力さえ制御してしまえば、その能力を
人間社会に使う事はとっても有意義な事なのよ。だから政府の方針も数年前から
そうなっているの。問題なのは、精神の不安定さなの、不安定で攻撃的な精神を持って
いるものは、どんなに優れた能力があってもここからは出られないの。あなたは優し
い・・とっても優しい心の持ち主よ。それは私が保証する。しいたげられる者の気持ち
がわかっているし、女性の立場も男性の立場も理解している。そして自暴自棄にならな
かった・・。だからあなたは可能性があるのよ。ここから出られるというね。」

ショウは可能性だけでも良かった。それでも心を慰めるには十分な言葉だ。ウソだって
いい。夢が現実のものとしてとらえられるからだった。
しかし、不安も過った。出た後にも苦しみがあるのではないかという不安だった。

「出られたら・・どうなるんですか?」

「そう、そこが制限なのよ。出たとしてもあなたたちにある意味では自由が無いの。
すべて行動は監視されているわ。そして働くわけなんだけど・・自由に選ぶ事は
できないの。誰もが、その能力を最大に生かせる場所として指定されたところに
つくわけよ。でも、後は普通に暮らせるわ。監視と言ってもそれほど大層なものでも
ないから」

こう聞いてショウは、身体をふるわせた。それだけ??たったそれだけなんだ。
この島から出られるならばそんな制限なんかあって無いに等しい。そう思ったのだ。

夢を現実に戻すかのようにマリコが言葉を次いだ。

「ショウコちゃん、これはあくまで、あなたがコントロールできたらの話しなのよ。
だから落ち込んでいるヒマがあったら、どうすればコントロールできるかを考え
なさいな。それがまず第一歩なんだから。」

マリコはこう言ってから、考えるようにして頭をめぐらせ、もう一言付け加えた。

「あのね・・この話しはしちゃいけないの。だからナイショ・・ね。」

マリコが微笑みながら言う。ショウにとっては天使の微笑みだった。
喜びいさんで、マリコの部屋を出ていこうとすると、マリコがもう一言後ろから
言った。
「ちょっと!!いくら何でもその格好じゃダメよ。ちゃんと服着なさいな。私のを
あげるから」
そう言って、ショウにマリコのものらしい服を放ってよこした。そう・・ショウは
病院着のままだったのだ。

服を抱えると、ショウは急いでトイレに入り、服を着替えた。ブラジャーは少々大きめ
だったがショーツはピッタリくる。Tシャツと短いチェックのスカートを身につけると
やっと人心地ついたように感じていた。
はじめて女性の衣類を着た時は、着方もわからず、恥ずかしいやら何やらでとまどい
をおぼえたものだが、今回は3回目であった。もう普通の女の子と同じように着替え
もできるのだ。
そして、希望を胸にして出ていった。

歩く間、ショウは、これからの事を考えていた。どうすれば性別を制御できるのだろ
う?どうすれば??

ボウリョクニクッシナイコト・・

そういう言葉が頭に浮かぶ。
そう、そうなのだ。まず暴力に委ねてはいけない。強い意志と、屈しないだけの力を
つけなくちゃ。
意を決したように歩く少女・・ショウは今までのオドオドした雰囲気が消えかけてい
た。胸をはって歩く少女が、ショウ本人だと、誰も気が付かないほどにショウの雰囲
気が変わっていたのだ。

ショウには部屋があるにはあった。部屋はほとんどが1人部屋なのだが、もともと
造りとしては、2人部屋の広さがあり、ベッドも二つずつある。
それぞれが思い思いの部屋に住んでいたのだが、ショウはそのどこで寝起きしても
良かったのだ。
最初の変身の時、ショウはアイカという女の子の部屋に寝た。優しそうに見えたのだ。
しかし、実際にはからかわれ、軽蔑されていたたまれなくなり・・そして出ていった
のだ。それ以来、一度も誰かと同室になろうと考えた事がなく、ショウはいつも
外で寝ていた。

居住ビルの3階にある mew 少女専用の部屋のひとつにショウは立っていた。
息を吸い込んで、ふぅーとはく。落ち着けと言うようにまなじりをパチパチする。

やがて意を決したように、ドアを叩いた。

「はーい。誰?」

中から少女の声が聞こえた。やがてドアがガチャッと開き、中からボーイッシュな
少女があらわれたのだ。

「あんた・・誰??」
けげんそうにショウを見やる少女の名は、ヒロミという。ヒロミとショウは、まだ一度
も話しをしたことがなかった。

「あの〜・・ショウです」

「ショウ・・??誰だっけ?そんな娘いたっけ??」

そう言って少し考えるように視線をずらして人差し指を頬にもっていく。そして
思い出したように言った。

「あっ、ショウって・・あのショウコちゃんの事??元オトコの??」

ショウはまた侮辱されているような気がした。やはり誰も相手をしてくれないのだ。
特にこのヒロミという娘は、この花御殿でもリーダー的存在なのだ。武道が並みの
強さじゃなく、みんなにおそれられてもいる。そんな娘が自分の相手をしてくれる
はずもなかったのだ。
ショウはうつむいたまま、黙って悲しそうに引き返そうとしていた。くるりと背を
かえそうとすると、彼女が慌てたように声をかける。

「あっ、ごめん。ごめんね。別にバカにして言ったわけじゃないのよ。」

彼女はそう言って、ショウの肩に手をかけると

「何か用事があって来たんでしょ?だったら入りなさいな」と優しく言ったのだ。

驚いたように立ちすくむショウを彼女は部屋の方に引き入れたのだ。

固い椅子が2脚とベッドが二つ。壁紙は女の子らしいピンク色のアートだった。
この部屋も家具類は極端に少ない。こざっぱりしたものだが、必要なものはすべて共同
だから、どこの部屋も似たようなものだった。

椅子をすすめられてショウはスカートをそろえてから座った。

「で??どんな用事できたのかしら??今まで話しもした事が無かったからビックリ
しちゃった。」
と、屈託の無い笑顔で問いかける。

帰ろうか?とも思ったショウだが、ここまできて何もせず帰れば今までと同じであった。同じにはなりたくない。ショウは思い切って、切り出した。

「実は・・一緒の部屋に住みたいんです。しばらくの間だけですけど・・」

「えっ、あたしと??一緒に??めっずらしいわねぇ〜。普通の女の子だってあたしと
住みたいなんて娘はいないのに。まさかオトコに戻った時にヘンな事考えてんじゃ
ないでしょうね?」

「そ、そんなことありません。それに戻る時は事前にわかるから、その前に出ていき
ます」

「ま、いっか。ふーーん。でもどうしてかしら?あたしなんかと一緒に住むって。
みーんなあたしを恐がってかうるさがってか知らないけれど避けるのよね。それが
よりによってここじゃ一番いじめられているあなたが・・ねぇ?」

「・・・・・・・・」

「言いたくないのね。まあいいわ。話す気になったら言ってね。あたしは一緒の部屋
でかまわないわよ。だって・・初めてなんですもの。誰かと一緒に寝るなんて」

ヒロミはまるでウキウキしたように言う。これが普通の娘だったらショウと同室なんて
嫌がっただろう。誰かに「あんなのと一緒に暮らしているのよ」と後ろ指をさされる
からだ。でも彼女は違う。彼女はここでは誰も逆らうような人がいないのだ。だから
ショウと同室でも気にしないのだろう。

ショウはホッとするとともに、しばらくは緊張する日々が続く事を予感した。

その日、同室になる事を看守に報告してショウはヒロミの部屋で暮らす事になったのだ。
パシャマを着て、別々のベッドに横たわる二人。やや緊張した空気が流れる。
そのうちの一人がむくっと起き上がり、もう一方の少女に声をかけた。ヒロミが
声をかけたのだ。

「ショウコちゃん。起きてる?」

「は、はい。起きています。」

「実はね、あたし・・とっても嬉しかったの。」

「何が??ですか?」

「あたしと同室になってくれるって事」

「え、でもボクと一緒でイヤなんじゃないですか??」

「ばっかねぇ、そんなこと考えてたんだ。ううん。ちっともイヤじないわよ。ほんと
これ本心なの。あたしは今まで誰も一緒になった事がないの。あたしの能力と武道の
強さのせいなんだと思うけど・・・逆らえないような雰囲気になっちゃって・・。
誰も友達がいなかったみたいで、とってもさみしかったのよ」

ショウはびっくりした。尊敬され、リーダーとして見られている彼女がさみしかった
なんて・・。

「ね。ショウコちゃん。元に戻るまでの間かもしれないけど、仲良くしてね。友達
になるんだから・・ね。」

この優しいヒロミの言葉にショウは胸が熱くなるのを感じた。どこにいっても
軽蔑か性欲の対象か・・友人なんてありえないと思っていた日々をすごしてきた
ショウにとってはあまりにも意外な言葉だったのだ。

”ボク・・と、同じだったんだ”ショウはそう考えていた。自分とはまったく正反対
であるにもかかわらず「孤独」という点で同じだったのだ。
思わずショウはベットから半身を起こしていた。

すると、ヒロミの方も優しい目でこっちを見ている。そしてヒロミはショウを見て
言った。

「ねぇ、本当に、どうしてあたしなんかのところに来たの?話したくないなら、あたし
はかまわないけど、せっかく一緒に暮らすんだから、やっぱ知っておきたいのよ。」

ショウは、はじめて優しくしてくれた事、自分と同じ思いでいたヒロミに共感している
事から、ついに本当の事を話しはじめた。

「実は・・ボク。強くなりたいんです。」

「えっ、強くって??」

ショウは昼間にマリコと話した一部始終をヒロミに告げた。そして自分としての
結論を話しはじめた。

「ボクが自分の身体をコントロールするためには、まず弱い心を制御しないといけないんだと感じたんです。だけど今のままじゃ向こうに帰ってもなされるがままなんです。
結局、また同じ事のくり返しになっちゃう。ボクはまずボク自身が暴力に負けないようにならないといけないんです。でも、どうやればいいのかというと何も無いんです。そんな時、ヒロミさんの事を思い出しました。ヒロミさんが古武道を使えるって事をです。」

「ええ、使えるわよ。私って、ここにきたのは12才の時なの、後天性の mew 化だったのよ。だから武道は、師範をしている父親から小さい時からたたきこまれていたから・・・」

「12才の時なんですか?」

「ええ、そうなの、それまでは普通に暮らしていたの。検査でも遺伝異常はなかった
のよ。それが突然、10才くらいに体質変換して、mew 化しちゃったのね。だからあなたの方がずっと先輩になるのかな?」

ショウは、堰を切ったように言った。

「お願いします。ボクにもその武道を教えてください。向こうに帰っても陵辱されないだけの力が・・心と自信が欲しいんです」

ヒロミは一瞬、ショウの気迫に押されかけたが、冷静になって言った。

「あのね。もう友達なんだから、そんな師弟関係みたいになるのはイヤなの。だから
もっと軽い気持ちでやらない?教えてって言うだけでいいのよ」

ヒロミはにっこりと笑い。ショウに微笑んだ。

「教えてもらえるんですね!有り難うございます」

「ホラホラ。そーゆーのじゃなくってさ。教えるとか教えないとかじゃなくって、
あたしと一緒にトレーニングするの。あたしなんか毎日やってるのよ。それと一緒に
トレーニングして、動作を真似するだけであなたは会得する事ができるってわけ。どう?」

ショウは少し考えてからやっとヒロミの意図をつかんだ。上下関係ができるのがイヤなのだ。この女性は本当に自分と友達になってくれるんだ。そう思うと今まで感じた事の無い至福感を感じていた。
ショウはやっと軽く・・

「じゃ、あしたから」とにっこりと微笑んだ。

「うん、あしたからね。あたしのトレーニングは厳しいわよ。ついてこれるかしら?」
とヒロミはいたずらっぽく言い、やっと本当におやすみなさいと言って床についた。

そして次の日、早朝だった。回りはまだ暗い。

「さぁ起きて!!」とヒロミの声。

ショウは飛び起きて急いで着替えた。Tシャツにスパッツといういでたちで、武道というよりは、ジョギングの格好だ。しかしそれはヒロミも同じである。道着なんて無いのだから。
「これから授業までの3時間をトレーニング時間にしているの。毎朝こうだからね。覚悟してね」

ヒロミはこともなげに言う。

二人は暗い中を花御殿の周縁を何度も周回して走った。およそ4キロ程度走ったところで柔軟体操をして、運動用の庭に二人はたたずんでいた。

「さて、これから先は型をするわよ」

「型??ですか?」

「そう、まず攻撃の受け方、そして同時に攻撃のしかた・・それらは皆型があるの。
これを覚えないと、先にはすすめないわ。と言っても、あたしだって相手がいなかったから、ずーっと型ばっかりだったけど、ショウコちゃんが相手になるよう になれば、またあたしも色々な事ができるわけ。あっ、それとね。最初から意識して欲しいんだけど、これはすべて円の動きが基本なのよ。受け流すと同時に攻 撃をする。すべてが流れになっていて、その流れは円になって戻るわけ。ま、見ればわかるわ」

そう言ってヒロミは、演舞をはじめた。まるで見えない相手と試合をするように
見えない敵の攻撃を受け流し、それと同時に相手の懐に自然な形で入り込む。と、同時に相手の脇腹や急所に的確な攻撃を加えていた。その姿は美しく。ショウは初めて女性を
美しいと感じていた。自分が陵辱の対象だったから、女性とはそういうものだと感じて
いたのだが、ヒロミは美しいと感じる。これが・・女性なんだ。ショウはそう思った。

汗をかいて演舞を終了したヒロミは言った。

「どう??これがそうなの。すべての基本よ。元々、力技ではなくって、相手の力を
自分の力にかえて攻撃する武道だから、どっちかっていうと、女性向きかもね。さて、
横に立ってあたしと同じようにやってみて」

こう言われて、ショウは、ヒロミを見ながら、同じ動作を繰り返してみた。しかし
突きはへっぴり腰だし、受け流しは固く、どっちかというとブロックしている感じで
ぜんぜん円の動きになっていないのだ。

「難しいですね。ボクには才能無いのかな?」と荒れた息でショウが言った。

「バッカねぇ。そんなに簡単に会得されたら、今までのあたしは何だったの?って
事になっちゃうじゃない。最初はそんなものよ。毎日やるうちにコツがつかめるわ」

それからの毎日、朝は特訓が続いたのだ。一ヶ月近くもたった頃、ヒロミは演舞を
しているショウに言った。

「うーーん。だいぶ良くなってきたわね。でもまだ意識しているわ。意識して手足を
動かしちゃダメなのよ。さて、次の段階かな?意識しないで、演舞の流れをつかんで
みて。踊りを踊るような感覚よ。頭の中に、音楽をかけるの。この場にふさわしい
音楽をね。静かな時は、静かな音楽で受けの型を、攻撃する時は、激しく強く流れる
音楽を思い浮かべるの。それにあわせて自然に身体を流れにまかせるのよ。回りの
風景や人を感じて、それを音楽と踊りにする感覚かな?回りと一体化するつもりで
やるのよ」

「えっ、そんな言葉じゃ簡単だけど・・実際にやるとなるとそんなにいっぺんには
できませんよ」ショウは泣き言を言う。

「できないと思うからできないのっ!頭でできるできないじゃなくって、まず回り
の自然や建物を思い浮かべてみて、そしてあたしを感じてほしいの。そしてあたしも
回りの風景も立つ位置が変われば変わるのよ。それが流れ・・・音楽と同じ・・踊り
と同じ・・・」

そう言うヒロミの声はまるで催眠術のようにきこえる。ショウは、目をつむり、回り
を感じようとした。

しかし、何も感じない。すると、前から横に移動するような空気の流れが感じられる。
ヒロミが動いたのだ。風が吹く・・。木々が揺れてそれが感覚として伝わる。空気の
動きの少ないところは、きっとビルの壁だ。自分の位置を数歩歩いて変えてみた。

位置が変わった。自分ではなく回りの位置が変わったのがわかる。それらひとつひとつ
を敏感に目をつむっていても感じるようになっていた。突然!空気が乱れた。横から
唐突に大きな流れが動いて来るのを感じる。とっさにその方向に向き目をあけると
ヒロミが拳を突き上げてくるところだった。身体は今までの演舞でしみついたものが
自然に動き、ヒロミの攻撃をいなした。

しかし位置が悪く、足がもつれて倒れてしまった。

「いてて、ひどいやヒロミさん。いきなり攻撃してくるなんて」

「ごめんごめん。でもあなた感じたでしょ?あたしの攻撃を。それもちゃんと受けた
なんて信じられない!才能あ・る・か・も・よ!」

とお世辞っぽく言うと急にマジメな顔に戻った。

「ね。でもだいたい分かったでしょ。流れにまかせて・・自然に・・アタマで考える
のではないってことが」

ショウは、自分でも驚いていたのだが、自然に身体が動いていたのは事実だった。
演舞は、確かに流れのままに自然に動いたのである。

「これからしばらくは、これを会得してもらうわ。そしてこれがすべてなの。間接技
とかもあるから、それはあと一ヶ月程度で基礎ができるし。後はその場を感じて流れ
の中で演舞していくこと。どれだけあなたが、流れを感じとれるか?それが極めるか
スポーツになるかの違いなの」

こうしてショウは、流れの会得を修練した。

”あとは応用なのよ”というヒロミの言葉であったが、まだまだ教えてもらいたい事
は山ほどあった。時間さえあれば、いくらでも教えてもらえるのだが、ショウには時間
が無い事も承知していた。
そう、元に戻る気配を感じたからだ。

★コントロール

花御殿に来て、約2ヶ月がたっていた。ショウはすでに身体の変化がおこりそうなのを
感じていた。男から女への時と違い、女から男への変身はゆっくりと戻る。やはり
基本型は男なのだろうか?

最初に約束した以上、ヒロミに対してこれは告げねばならぬ事であった。ショウは
ある朝、ヒロミに自分の変化の前兆を告げたのだ。

「えー、戻りそうなの??せっかく仲良くなれたのにぃ」いかにも残念そうにヒロミ
は言った。

「でもしかたないんです。こればっかりはコントロールができないし・・」
ショウも向こうへ行きたくなかったばかりに残念でたまらない。

「このまま、ずーっと女の子でいればいいのに・・」とショウはもらす。

その言葉にしばらく考えていたヒロミは、突然言い出した。

「ねぇ、ひょっとするとコントロールできるんじゃない??」

「えっ、どうやって??」ショウが驚いて言う。

「だってさ、あなた、最初に言ってたじゃない。心の持ちようが変化を起こすって。
だったら心でコントロールできるかもよ。そりゃ基本型が男なのかもしれないから
いつまでもってワケにはいかないでしょうけど、自分の意志で遅らせる事くらいは
できるかもしれないじゃない」

「そ、そりゃ理屈ではそうですけど・・具体的にどうやったらいいのか??」

「ちょっと私に考えがあるの。聞いてくれない?」

「は、はい。」

「あのね。あなたは向こうにも友達はいなかった。そしてこっちにも友達はいなかった
じゃない?でも今はあたしがいる・・だったら前よりも女性でいたいって気持ちは強い
はずでしょ?」

「それは確かにそうです・・けど」

「まあまあ聞いてちょうだい。要は気持ちの持ちようだと思うの、だったら自分の気持
ちを素直に肉体で受け止めれば・・それを自然の事として受け止めれば、あなたは今の
ままでもうしばらく暮らせるんじゃないかしら?」

「じゃあ、今のままでいたいって気持ちをどうやって??」

「鏡を見るの、あたしと一緒に。そしてその身体をイメージして、固定しちゃうのよ。
自分は生まれた時からそうだったって・・」

「はぁ。そんなんでうまくいくんでしょうか?」

ヒロミはちょっとムッときたように言った。

「うまくいくかいかないか、やりもしないでわからないじゃない!」

このヒロミの言葉に気圧されて、結局ショウはやることになってしまった。
その日の夜、二人は部屋の鏡の前に立つ。着ているものを脱ぎはじめた。
下着姿になって、ちょっと気恥ずかしい思いをしながら、二人は全裸になったのだ。

少女らしい、細い線の若い肉体が並んでいた。
ヒロミのスタイルもなかなかのものだが、ショウのスタイルもそれに負けない。

「ショウコってスタイルいいのねぇ〜」感心したようにヒロミが言う。

「か、からかわないでください!」ショウが顔を真っ赤にして言った。

「ほんとの事よぉ。からかったりしたんじゃないから」本気で怒ったように言った。

ショウはそれを聞いて、なんとなく嬉しくもあった。じゃあ女性のボクは奇麗なんだ。
そう思ったのだ。

二人はしばらく鏡を見ていたが、やがてショウに向けてヒロミが言った。

「さて、この身体・・奇麗でしょ。これが女性の身体なの。このままでいたいって
思うのよ」

ショウはそう念じてみた。しかし何も変化は無い。身体が男性化する変化の兆しは
表面にこそあらわれていなかったが、まだそのままであった。
ふと、鏡の自分ではなく、ヒロミの方をみやる。

美しい身体であった。優しくて強くて、その上美しい。それに比べてボクは・・そう
思っていたのだ。ヒロミの奇麗な身体に触れたいと思った。抱きしめたいとも思った。
自分の身体には嫌悪しか感じなかった。

その途端、男性因子が更に強く動きだしたのをショウは感じていた。もうこれならば
明日の朝には変身がはじまるに違いないと感じていた。

「ヒロミさん!!だめだ。ますます進みそうなんです」。ヒロミの美しい肉体を見て
男性化が進んだのだ。
ヒロミは急いで下着を着た。

「もぉ〜、あたしの身体見て奇麗って思ったってしょうがないじゃない。あなた自身
が、このままでいたいって思わないと」

しかしこのままでは、もうすぐ男性に戻ってしまう。修行もまだ終わってはいない
のだ。もう少し時間が欲しかった。

「いったいどうすればいいの??・・」ヒロミは考えこんでしまった。しかし、手で
アタマを抱え込んでいたヒロミがアイデアを思い付くのにそう時間はかからなかった。

ふいっと顔をあげて言う。

「ねぇ、あたしの事、奇麗だと思った??」

「えっ、・・はい。奇麗です。」

「あたしの事好き??」

「もちろんです」ショウは顔を赤らめながら言う。

「じゃあ、あたしになりたいと思わない??」

「ど、どういう事ですか?」

「あなたはあたしになるの。そしたらあなたは自分の身体が好きになるわ」

「そんなことできっこないですよ!」

「肉体的にはそうかもね。でも精神的には違うかもしれないわ。」

「どういう意味ですか?」

「もぉー、修行したでしょぉ。あたしを感じるの!それも半端な感じ方じゃなくって
深く、ずーーっと深く感じるのよ。まるで自分があたしになったように」

「武道でやったみたいにですか?」

「そうよ。それをもっと深くやるだけじゃない」

「それをやれば、今のままでいられるんですか?」

「やってみなけりゃわからないわ。でもやるしかない!違う??」

「・・・・・・・」

「どうなの?」

「やってみます・・。」

「それでこそ男の子・・じゃない、今は女の子ね。そうやってみるのよ」

シヨウは目をつむる。部屋の中を感じる。ヒロミを感じる。そして自分を感じていた。
ヒロミに焦点を絞っていく。部屋から他の気配すべてを消し去るのだ。壁が消え
ベッドが消え、そして自分が消えた。そこにはヒロミだけがいた。ショウ自身は
意識でしか存在していなかった。下着姿のヒロミだった。いや・・違う。いつもの
トレーニング姿のヒロミだ。
演舞をしていた。ショウにとって最も好きなヒロミの姿だ。その動きは美しい。
女性のもっとも美しい姿だと思っていた。この思いは最初見た時から変わらない。

”この美しさと一体になりたい”ショウはそう思っていた。意識は、その意志に引きずられるかのように、ヒロミの演舞へと近づいていった。”一体になりたい”と再び思うと
ショウはヒロミの中にいた。優しい心が見える。ヒロミの感じ方が手にとるようにわかるのだ。彼女は本当にショウが好きだった。ただし、女の子のショウのイメージだった。
男のショウは知らないのだからムリもない。

ショウはヒロミの目で自分をみつめていた。一瞬、自分の姿がヒロミとなって見えた。
しかしそれはすぐに元に戻った。
ヒロミはショウの身体を美しいと感じていたようだ。今、自分か見ても確かに奇麗
だった。ヒロミと心を共有しているからそのためなのだろうか?
いや、確かに美しい。女性になったショウは美しい少女なのだ。

もうしばらく、この姿でいたいと思った。その途端、ヒロミの目で見ていたショウ
の身体が動きはじめた。演舞をしはじめたのだ。ならったばかりでぎこちなかった
頃とは比べようもなくなめらかであった。ヒロミの動きにはかなわないものの、
それでもショウは自分の演舞も美しいと思っていたのだ。

このままでいたい・・そういう思いが本気で身体の中をかけめぐっていた。自分
の身体を見ていて、この身体でいたいと痛烈に感じていた。その途端、突然引き戻されるように、ショウは自分の身体にかえっていたのだ。

目の前には、ヒロミがいた。意外な事にビックリしたような顔をしているのだ。

自分が戻り、壁が戻り、ベッドが戻ってきた。そして世界は平常になった。

ふと、ショウは自分の身体に気が付いた。

「消えてる・・」

「えっ、どうしたの?」心配そうにヒロミが言った。

「消えてるんです!!男に戻る変化の兆しが!!」

やったやった!と、嬉しそうに騒ぐショウは、もう有頂天であった。コントロールできたのだ。だったらその逆・・男から女への制御もできるはずだ。希望は現実となって目の前にあらわれたのだ。

「そう、良かった。良かった・・わね」ヒロミは嬉しそうでありながら不安そうに
言ったのだ。ヒロミは言葉にしなかったが、内心驚いていたのだ。
ショウがやった事は、信じられない事だった。どうやら本人は気がついていないらしい
のだが、ショウは、ヒロミが予想していた以上のヒロミと同化したのだ。せいぜい自分
の心を感じるだけと思っていたのが、完全に同化していた。意識の奥深くまで入りこまれて、ヒロミは驚いたのだ。
更に、完全に同化したと思った瞬間、ショウの姿が一瞬ヒロミに変化したのだ。まるで
鏡を見ているようにそっくりな形で・・。ただ自分は下着をつけており、もう一人の
自分は全裸であった。

一体何がおこったのかはわからない。しかし、これはショウの隠された能力に違いない。思えば、たった2ヶ月で、「流れ」の本質をつかんでしまった事が異常なのだ。これを
会得しようと思えば、何年もかかる。しかしショウは・・まるで綿が水を吸い取る
ようにすんなりと吸収してしまった。

2ヶ月前に聞かされたマリコ先生の話しを思い浮かべていた。

「何者でもないという事は、そのすべてかもしれないじゃない・・」

そう、ショウは獣人でもない、人間でもない、男でも女でもない・・でもそのすべて
なのかもしれない・・。ヒロミはその言葉をかみしめていたのだ。
ひょっとして・・ショウは・・!いや、そんなはずはない。そんなとてつもない事は
あるわけがないのだ。
ヒロミは自分の想像を打ち消して、ショウの身体を抱きしめた。そして一緒に喜び
あったのだ。

次の日からまた修練がはじまった。主に間接技や今までの応用である。しかし基本は
演舞だ。すべてを感じ取り、流れを読んで、一歩先を踊るように動く・・これがすべて
であった。そしてショウは、この流れを読む事にかけては天才的なものを持っていたの
だ。いや、天才と言えば、ヒロミ自身がそうであった。わずか12才にしてここに連れ
てこられる前は、父親さえも凌ぐほどの腕前であったのだ。しかし、ショウの能力は
それをはるかに上回っていた。

流れを読むとは言っても、読む力には限界がある。一歩先を読めれば師範クラスであり
2歩先を読めれば、達人である。ヒロミは達人の域に達してはいたが、ショウはめきめきと力をつけて、3歩・・いやその先すべての流れを承知しているかのようだ。
かろうじて技の多彩さでショウより先んじているが、同じ技を持っていたならば、自分
の方が負けるだろうと思うほどの上達ぶりだった。

ふと、あの夜の事を思いだす。

「同化する能力・・」と独り言を言った。

「えっ?ヒロミさん、何??」ショウが可愛らしい笑顔で聞く。

「えっ、何でもない。何でもないよぉ」

「へんなの」

以前とは比べものにならないショウの明るさだった。その明るさは、次第に他の
女の子たちにも感じられたのか、ここ一ヶ月ほどで随分と、声をかけてくる娘が
増えていた。
ショウはこの花御殿で徐々にその存在を認められていたのだ。

勿論、そんなショウが気に食わない連中もいた。ある時、20人近い少女たちが
ショウをいじめようとショウを取り囲んだ。ヒロミはちょうどその時はいなかっ
た。
リーダーらしい少女が、ショウをつかまえるように指示した。5人ほどが、ショウ
を捕まえようとするが、ショウはその手を軽く逃れて身体に触れる事もできない始末
だった。
いらだった少女のリーダーは、その能力を使い出した。幻覚能力であった。強烈な
精神感応で、相手に幻覚を見せる能力である。
ショウの前にも後ろにも大きな男や獣人があらわれ、ショウを取り囲んだ。

ショウはそれを見て、一瞬ひるんだが、すぐに目をつむったのだ。相手を感じようと
していた。相手の能力が自分の脳にまで伸びていた。この幻覚は払いようがないと
も思えだ。しかし、ショウはあの夜、ヒロミと同化した時のように、少女のリーダー
に同化した。
そして幻覚にかかっている自分を見たのだ。まわりには誰もいなかった。そのうち何
人かがショウを捕まえようとしていた。
少女のリーダーの目で見て、感じて、そしてそれを自分の動作に遠隔コントロールす
るように動かした。幻覚にかかったのならば、かかっていない奴の目で見ればいいと思ったのだ。
このもくろみは図にあたり、ショウは苦もなく、攻撃をかわしていた。
そのうち、能力を使っている少女が疲れ、幻覚は一瞬に消えうせた。それとともに
ショウも元に戻る。

リーダーらしい少女は、最後の手段とばかりに20人にいっせいに攻撃するように
声をかけた。

しかし、誰一人としてショウに手を触れられなかった。ショウは攻撃はしなかった。
ただ「よけた」だけである。いつしか20人の少女たちは疲れ果て、その地にうずくまっていた。

後でこの話しを聞いたヒロミは驚いていた。20人!!20人もの人間の攻撃を
ただかわし続けるなんて!!信じられないと思ったのだ。もはや、ヒロミが教える
ような事は何も無かった。
これからはもっともっと良い友達になれる。そう思っていた。

しかし、運命はそういかないものだ。ショウはいよいよ本来の姿に戻りかけていたのだ。

ショウは残念だった。しかし、今度はコントロールできるものではない。少女の形態は
いわば不自然な状態なのだ。ムリにデフォルメされていると言っていい。一度は元に
戻らないと、再び女性のままでいる事はできなかった。

このまま女性でいたかった。それは性的な意味ではなく、女性でいた方が友達がいる
からだった。北区に帰れば、友達はいない。また陵辱されようとするだろう。
そしてここに帰ってくる事になる。

しかし、今度はそうはいかない。ここには帰ってくる。勿論だ。でもそれは自分の意志
でコントロールして女性となり帰るのだ。決して犯され辱められて無理矢理女性にされての事ではないのだ。

「また帰ってきてね。今度は、男性から女性のコントロールをみつけて帰ってきてね。」ヒロミは心配そうに言った。

「うん、大丈夫。すぐに帰ってくるよ。向こうにはいたくないけど・・でもあっちで
コントロールできなきゃ今までと同じになっちゃうもの。コントロールできたら
もう二度と北区には戻らない。ずっとこの花御殿にいるさ。女性にも男性にも自由に
コントロールできれば、こっちで、一旦元に戻って、すぐに女性に戻れば、そのまま
こっちに居続けられるし。少しの辛抱だと思うよ」

そう言うショウの声はすでに男の子の声である。胸も膨らんでいない。すっかり
男性化していた。意外にハンサムな顔だちだったから、男のいないこの花御殿では
男の姿を見るのはセンセーショナルな事だった。誰もが見送りにきてくれていた。

ショウははじめて社会というものに受け入れられていた。花御殿という小さな世界
ではあっても、こには自分を待つ人がいたのだ。
自信にあふれたショウは来た時とは別人のようだった。

そして、境界の門をくぐり古巣の北区へと帰ったのである。


第2章




★北区へ・・

花御殿と北区との境界は、壁ではない。単なるドアひとつだ。ドアと言っても鋼鉄性
の頑丈なものである。出入口はここしかない。
壁は壁だが、建物がそびえたっていて、その中のドアのひとつが向こう側に通じて
いるのだ。

ショウはドアを潜った。看守は無表情な顔をして、ドアを締め、そして鍵をかけた。
いよいよまた戻ってきた。
前の時は、ビクビクと脅えたものだった。また陵辱の目にあうと思っていたからだ。
今は違う。少女とは言え、20人もの攻撃をかわしつづけた自信があった。

しかし・・とショウは思う。そこらあたりの mew の攻撃ならば何とかなる自信はある。
が、もし強い能力を持った者がその力で攻撃してきたら?自分は勝てるのか?その
心配があった。
痩せてはいるが、前よりも引き締まった腕を見る。修行の成果は男性になってもあらわれていた。

ドアをぬけると、そこは木々の密集する森になっていた。ここからそう遠くないところ
に、北区の居住区がある。教育を受けるべき校舎もそこにある。
ちょうど森の向こう側にあるのだ。中心の灯台は、ずっとその向こうにあった。ショウ
は今までは灯台の近くに小屋を立てて住んでいた。ショウだけではない。他の者も
自由に自分の住居を建てても良かったのだ。そうする者は多かった。プライバシーと
独立心を確保できるのだ。これは男性社会である北区の特権であった。

そういう意味ではここも良いところである。自由は自由なのだ。この島の中ではだが。
しかし、それは強い者、友達がいるものならばの話しである。
孤独なショウは、やむなく小屋を建てているのであって、自らが望んだ事ではない。

ショウは、自分の小屋へと足を運んでいった。

灯台のすぐ近くにあるみすぼらしい小屋がショウの家だ。入ると3ヶ月近くもあけて
いただけあって、中は人の気配がしない。生活臭はなくなっていた。

わずか4坪ほどの小屋なので寝るだけである。しかし落ち着く場所でもあった。
ショウは腰をおろし、考えはじめていた。

”ここでボクがしなくてはならないこと・・それは、女性にならないためのコントロ
ールだ。女性になるためには、あの夜、ヒロミと同化した事を思いうかべればいい
。問題は他者の暴力で自然に女性化するのをコントロールして、女性化しても男性化
できるようにする事なんだ”

ショウはそう考えて問題点を整理していた。
そうこう考えるうちにねむけがおそい、ショウは眠りについていた。

次の朝早くに目がさめる。前の日課であった灯台に登って海を見る。何度も見ていた
海だった。しかしもうかつての見る目ではなかった。もしかすると自分はこの海を
越えて、本土に戻れるかもしれないのだ。そう思うと希望が胸をつく。

やがて朝日が登り、朝焼けの壮大さに感動を覚えながら灯台を降りていった。
北区にも授業はある。毎日朝のうちだけだが、学問から倫理的な事などを教えられる。
体育などは無い。自然の中で暮らしているのだ。健康そのものだから特に必要が
なかったのである。

ショウにとっての学校はいじめの巣でしかない。花御殿とは違い、北区での学校は
ヤシの木を組み合わせた粗末なものだった。
椅子や机はまともなものであったが、学校そのものは、雨風を防ぐ程度のものでしか
なかった。

その学校に3ヶ月ぶりに戻ってきたのだ。今までは隠れるように目立たないようにしていたショウであった。なんとなく、意識的にそういう気持ちがむくりと起きる。それを
叱咤するように、胸をはって歩いていくショウ。
そんなショウをからかいながら近づいてくるものがいた。ショウを陵辱したあのリーダー・・ヒロキであった。

「おい!オカマ野郎。今度は随分と長かったなぁ。そのまま女になっちまったかと思ったぜ」

ショウは無言で相手を見つめる。

「ほっ、こいつなんか気に食わない顔しているぜ。また前みたいに可愛がってほしい
のか?ショウ。」

プイとショウはそっぽを向いた。一瞬、あの時の事を思い出したのだ。

「おい、つれなくするなよ。へへへ、待ってたんだからよぉ。帰ってくるのを。友達
じゃねーか。なぁ。また相手してもらうからよ・・」

相手の言葉が言いおわる前にショウは相手をにらみつけた。

「もう、君とはしゃべりたくないんだ。向こうへいってくれ。犯したければ犯せば
いいさ。思いどおりになるものならね。ボクはもう負けないって誓ったんだ。」

ショウの言葉を聞いて、回りで騒いでいた者たちがいっせいに言葉を止めた。
びっくりした事もあるが、このあとの凄惨な場面を想像したからである。ヒロキの
能力は、上位クラスのものだ。逆らえるものは少ない。そのヒロキにショウみたいな
弱っちいのが反論したのだ。
一同は、成り行きを見守っていた。

「おい、ショウ!優しく言ってりゃ随分とつけあがるようになったな!おーーし、いいだろう。後悔させてやるぜ。覚悟しな!」

そう言うとヒロキは、ショウに向かって念をこらしはじめた。

しかしタイミングよく、教師でもある看守がやってきた。
それを見て、ヒロキは念の放出を止める。

ショウの顔をじーっと見つめて低く唸った。そして脅すようにショウに耳打ちする。

「今夜・・だ。今夜このオトシマエをつけてやるぜ。てめえなんかに逆らわれて恥
かかされた礼をたっぷりとな。今までのようなものと思うなよ。生きていられりゃ
幸運と思いな! それだけじゃねえぞ、今度女になった時は、もうどこにもいかせ
ねぇ!おまえはここで、一生俺達の慰みものになるんだ!」

ドスのきいた声がショウに重くのしかかっていた。対決だ。今夜・・いきなり対決
の場面になってしまった。不安がアタマをよぎっていた。自分はヒロキに勝てるの
か?あの能力に勝てるのか?

その日は一日中、その事を考え続けていた。

★対決

”逃げようか?”一瞬そんな言葉が頭をよぎった。
いや、逃げたらまた前と同じだ。希望を現実にするためには避けて通れない事なんだ。
ショウはそう思い、心を叱咤して対決の時を待っていた。

回りの木々がざわめいた。虫の声が一斉に止まり、あたりは シン・・と静まる。
恐ろしいくらいの静寂だった。
気配は感じていた。何人もの人間がかくれてひそんでいるのだ。修行をして、回りを
敏感に察知する能力を培ったショウにとって、人数まで把握するのは、さほど苦でも
なかった。この事がショウにわずかばかりの自信をもたせていた。

しかし、一向に出てくる気配がしない。不思議であった。すぐに呼び出されると
思っていただけに、彼らが何も行動しないのは無気味である。

”いったい何を考えているんだ?”

すでに気配を感じて10分は経過していた。

やがて、ショウの意識に何か異質なものが触れる。”何だ??”いままでには感じて
いなかった環境の変化だ。明るい、熱いものを感じる。
その正体はしばらくわからなかったが、小屋の入り口からその正体が見えた。回りを
感じるために目をつむっていたためにわからなかったのだ。

”火だ!”

ショウは、火を感じたのだった。そしてその火は悪意を持っていた。正確には8人の
mew が、それぞれ火を手にしていた。

「やれっ!!」

闇の中からヒロキの声が響いた。手に手にあった火は一斉にショウの小屋めがけて放たれたのだ。小屋は木でできている。屋根だって草でできたものだ。火はたちまち小屋をなめつくす。

ショウは、小屋からころがり出ていた。その目には憎悪が光る。

「へっ、出てきやがったか。そのまま燃えちまえば良かったのになぁ」
残酷な声でヒロキが言った。

「前々から気に食わなかったきたねぇ小屋は掃除させてもらったぜ。おまえはもう行き場がないんだよショウ。せいぜいオレたちの楽しみになるんだな」

ヒロキには感情が無いのか?善悪が無いのか?こういう mew がいるからボクがこんな
ところに入れられる事になるんだ・・そう考えると恐怖より怒りを感じた。

転がり出たショウは、ゆっくりと立ち上がっていた。無言である。何かしら不思議な雰囲気をかもし出していた。まるでショウの回りだけが調和しているようにだ。
小屋は燃えて、あたりはそうぞうしくパチパチと音をたてている。男達は、歓声やヤジを放っていて騒々しい事この上ない。なのにショウの立っているところだけが、まるで静かに感じるのだ。

この雰囲気にヒロキは驚いていた。”コイツ、何か違うぞ”そう感じているようだった。それが何かわからないままに、ヒロキは子分の男たちにショウを捕まえろ!と叫んだ。
この合図で、いっせいにショウに飛びかかった。彼らはショウの変化に気が付いていないようだ。顔にはまた期待感のあるイヤラシイ笑みを浮かべて襲ってきた。

7人の男たちが、ショウを取り囲む。ショウが逃げないようにしたのだ。そして、二人
が前に進み出てショウの手をとろうとした。
一瞬、捕まえたはずのショウは目の前から消えていた。男二人の手は中を切る。後の
5人の男たちには、単にショウがよけたとしか映らなかった。二人に対して笑いとヤジ
が飛ぶ。顔を真っ赤にして2人の男は再びショウを捉えようと試しみた。
じわじわと追い詰め、ショウを大木の下に誘いこんだ。

ショウは難無く最初の攻撃をかわしていた。回りを感じるまでもなく、武道で
会得した技で身をかわしただけである。しかし、会得した武道は、すでに達人の域に
達しているのだ。相手からすれば消えたように思うだろう。円の動きは一瞬にして
相手から見ると消えたようにおもわせるのだ。

最初の攻撃をかわしてから、ショウはすぐさま回りを感じる動作に入っていた。どのみちこの力を使わない限り逃れる事はできないのだ。人数が8人とは言え、男たちである。
ショウはすぐさま、回りにあるすべての木々、地面の起伏を感じていた。

近くに大きな木を感じた。その根っこの部分は一部が空洞になっているのに気がつく
小さなものだが、表面は土で覆われていて見えない。相手の足がその穴にはまり込むイメージが目に浮かんでいた。
ショウはゆっくりと移動しながら、相手に追い詰めているようにみせかけて、大木の方へと誘いこんでいた。

2人の男は、追い詰めた事で満足を感じていた。たかがショウなんかに・・そう思って
いたのだ。ショウをみくびっている。いや真剣だったとしてもこの罠には気がつかなかっただろう。
追い詰めたと知るや、二人は相槌をうつと、同時にショウに駆け寄った。大木を背にしているショウは動かない。きっと恐怖に身をすくめているんだろう・・そう二人は思った。
しかし、次の一瞬、二人は足をすくわれる。

「あーっ」

同時に声をあげる。続いてボキッ!と嫌な音が響いた。

「うわぁぁぁー!!」

男二人は叫び声をあげた。見ると穴が空いていて、そこに足を突っ込み、足が妙な形に曲がっている。足の骨を折ったのだ。

激痛に転げまわる二人に気をとられ、残りの5人はショウを見ていなかった。その隙きにショウは包囲をかいくぐって輪の外に出る。

それに気が付いた5人のうちの一人が、ショウに向かって飛びかかってきた。

「この野郎!!」小屋の燃える明かりの中で影が飛び交う。ショウは高速で後ずさり
して相手の勢いをそがないように距離を保った。後ろに30センチほどの直径を持った
木を感じていた。その木を背後に感じ、ぎりぎり数センチまであとずさる。

相手が勢いにのって、ショウに向かってくるや、ショウは直角に移動した。相手の男は
勢い余って、その木に激突したのだ。

ガツッ!という音とともに、相手の男は、鼻血をたらしながら気絶した。

それに気が付いた残りの4人は、四方から襲いかかってきていた。
ショウには男たちの動きがよくわかっていた。分かりすぎるくらいに分かっていたから
相手の軌道をそのまま未来まで思い描く事ができたのだ。予測である。しかし正確な予測だった。

ショウは次々と襲いかかる男達を複雑な軌道を描いてよけていた。まるで踊りを踊るようにゆっくりと動いているのだが、ショウから見えない糸が出 て、男達の動きがあやつられているかのようだった。やがて、男たちはある一定の軌道を動きはじめていた。ショウも同じ軌道で動いている・・。

ショウは突然軌道を変えた。それにつられて男達の動きも変わり軌道もかわる。しかし
その軌道は、お互いの相手の軌道と交差していた。
互いの動きがぶつかりあい、男たちは自分達だけで衝突し、4人が4人とも同時に
地に倒れていた。

その様子をヒロキはじっと見ていた。信じられない顔をしている。あのショウが・・
その思いがぬぐえない。一体何がショウにおこったのか?分からないのだ。

ショウには前から何か能力があると感じていた。しかし、能力を発揮すれば、すぐその
オーラというか、気のようなものでわかるのだ。相手の強さもだった。
しかし、ショウにはそんなオーラは未だあらわれていないのだ。それなのに、ショウは
相手に触れる事もなく、7人の仲間たちを倒してしまった。
ヒロキは怒りに燃えた。ショウごときに!!その思いはぬぐえなかった。

「ショウ!!きさま、一体何をした!」

薄明かりの中でヒロキが吠えた。

ショウは妙に落ちついた様子で言う。
「別に・・ただ避けただけさ・・。」

「いや、そんなはずはねぇ。何かしたんだ。何かをしたに決まっているさ。ふん。
いいだろう。何かわからねえが、するがいいさ」

ヒロキは言葉をきって続けざまに大きな声で言った。

「このオレ様に通用するものならばなっ!!」

同時にヒロキは念をこらす。あたりの雰囲気が変わっていった。オーラのようなもので回りがはりつめていた。息苦しいような感覚である。
さすがにヒロキの念はすごい・・ショウはそう感じていた。勝てるか??ショウは自問する。しかし避けられない対決だった。今更後戻りはできないのだ。

ショウはヒロキを感じようとしていた。ヒロキとの同化。イヤではあるが必要な事であった。相手を感じ、深く感じるためにヒロキの中に入る。

真っ赤な壁の心だった。しかも底の方にはドロドロした汚泥が煮えたぎっている。これがヒロキの心だ。あまりにも汚いねじくれた心にショウは嫌悪を感じていた。そして
その目は、自分自身を見ていた。
憎悪に燃えた目で自分を見る。ヒロキは、ショウを能力で羽交い締めにするつもりだった。この意図を察知して、ショウは視線から逃れる。自分を見て いるのに、身体は動いている・・不思議な感覚である。その視線は、ショウの動きをとらえようとするが、ショウはその感覚を先に感じ取り、常に一歩先を動い ていたのだ、そのためにヒロキはショウを捉える事はできない。

これに業をにやしたヒロキは、念を大きくこらしていた。範囲を広げたのだ。まるで網
のように大きな範囲を捉える事ができる。
しかし、ショウは、逆に接近してきたのだ。網から逃れようとすればするほど範囲内に入ってしまうのを察知したショウは、逆に手元に入りこんだのだ。

ヒロキは驚いた。ショウは近づくと、すぐに目の前から消え去る。円の動きであった。
見失ったヒロキは、焦って回りを見渡した。ショウは背後にまわっていた。攻撃しようと思えば絶好の位置だ。しかしショウは攻撃をしなかった。

「な、なめやがって!!」ヒロキは憎悪に燃えた。そしてその憎悪はショウにも感染してきたのだ。まるで自分がヒロキになったように、自分をにくんでいた。これ以上ヒロキの心を感じていては、自分も汚される・・そういう思いが出た途端。ショウは自分の目でヒロキを見ていた。

その顔は醜悪に歪み。更に大きな念をこらしていた。木々が揺れる。

揺れが大きくなり、大地が揺れる。木々は根っこから引き抜かれ空中に浮き、ショウめがけて飛んできたのだ。何ともすさまじい能力だった。
ひるんだショウは、急激に変化する周囲を一瞬感じる事ができなくなる。そのために相手の攻撃をかわすにはかわしたが、身体に少しあたってしまったのだ。

少しと言っても大きな木であった。ショウはダメージを受けて地にうずくまる。その瞬間ヒロキの念がショウを捉えた。
ショウは身動きができなくなっていた。

「く、くそっ!」ショウは無念そうに言った。自分の意志に反して、身体は、宙に浮き、動く事もままならなかった。

ヒロキは悦にいったように言う。

「へっ、へへ。やっと思いどおりの展開になったな。手間かけさせやがって」

こう言うと、ショウに近づき、ショウのシャツを引き破る。前と同じ展開だった。
いやらしい笑いといやらしい手がショウの身体を撫でまわす。

ショウは嫌悪を感じながら、変身しないように願っていた。しかし、前と同じく身体の
奥の方で変身を予感させる弱い心がむくりとおきあがる。
このままではまた同じ事になってしまう。コントロールするんじゃなかったのか?
自分の心に叱咤をかけるが、身体は言う事をきかなかった。

「何か、何か方法がっ!!」ショウは叫んでいた。

「何言ってやがる。ワケのわからんことを」ヒロキは怒鳴っていた。
能力を使うのに必死で、今回は余裕が無い。

ショウもまだあきらめていなかった。

”くそっ、何で身体が変わるんだ。こんな身体じゃなく、いっそ木や石ならばいいのに”ショウはそう思っていた。そこでふと思い付く。

”そうだ、木に、石に同化すれば??”ショウは、意識を石に同化させようと試し見た。しかし、石はあまりにも異質なものだ。生命でさえない。感じる事はできても石と同化は難しかった。次に木に、先程の大木に同化しようと試し見た。
石ほどは異質ではなかった。生命だからだ。ただ意識はまるで違う。もぐりこむのに時間はかかったが、ショウは大木に同化していた。

ヒロキは、驚いた。ショウが何の反応もしめさなくなったからだ。まるで死んだように硬直している。いや・・生きている生きてはいるが動かないのだ。念も感じられない。
そんな事かまった事かとヒロキは思い直し、ショウを苛みつづけた。

ショウは、木に同化するとともに、自分の身体との接触をきっていた。身体にはもはや何も感じられない。いや、感じてはいるのだが、それは木の感じているものだった。
木は悲しんでいた。回りの草花が燃えてしまったのを、愚かな者たちが火をつけたためだ。大木は長い時を生きてきた。南鳥島に植え付けられた時から 何十年もここを見てきていた。獣人たちの歩く姿を感じ、環境がかわるのを感じていた。海風をいつも感じて、時には台風にあらがい、時には日照りにあいなが らも生き延びてきた。木は自然そのままを受け入れて生きており、ショウのようにすべてを感じていた。ショウにはこの木が感じる事に少しずつ違和感が薄れて いくのがわかる。戦っているはずなのに、奇妙な幸福感が襲っていた。

ふと、ショウは、目の前で繰り広げられている現実。木の感じている現実に戻っていた。目では見えなくても起きている事は感じる事ができた。
ヒロキはショウの身体を必死に女性化させようとしていた。あまりにも哀れで滑稽な風景だった。
ショウは、憎しみが少しずつ消えていくのが分かった。今の心は憐憫である。

彼らもここに連れてこられて、心がねじ曲がってしまったのかもしれない。そう思うと
ヒロキに対する憎しみが消えていくのが分かった。

ヒロキは焦った。いくらやってもショウは変身しない。

「くそっ、くそっ」と言いながら、ショウを宙に浮かべたまま、いじりまわしていた。

やがて、ヒロキの能力も疲れたのか、少しずつ弱まってきていた。ついに絶えきれず、
ショウを地面におろし、戒めは解き放たれた。

ショウは相手の念が無くなるのを感じていた。そして木に感謝しながら自分との接触を
取り戻し、自分の身体にかえっていった。ついに自分はコントロールの術を覚えたのだ。ショウにはその点では喜びがあった。

息をきらせて、ヒロキは地面に手をついていた。横たわっていたショウはゆっくりと起き上がっていた。

「くそっ!何でおまえは変身しないんだ?」ヒロキがはき捨てるように言った。

冷静な声でショウは言った。

「ボクは、自分でコントロール術を学んでいたのさ。向こうでね。それがやっとできたんだ。君には感謝しているよ」

「感謝するだとぉ??バカにするなっ!コントロールだとっ!おまえみたいなヤツにそんな事ができるわけねぇっ!」

認めたくない事実は認められないタイプなのだ。ショウはそう思っていた。

「ヒロキ。君がどう思おうと、それは勝手さ。でもボクは自分では分かっている。もう君達に脅えなくてもいい。自分で自分をコントロールできるんだ」

「おまえなんかに負けるかっ!」

ヒロキは体当たりでショウに向かってきた。ショウは難無くそれをかわし、ヒロキは地面にはいつくばった。

地面に手をつけ、はいつくばりながら、憎しみの目をショウに向ける。ショウはヒロキの前に立つと言った。

「ボクはもう君達に会う事は無いと思う・・」

「何言ってやがる。へへ、また襲ってやるさ。今度はこうはいかないぜ」

「ここには戻らないんだ。向こうへ行く・・」

「どこに??この島から出られないんだぜ。獣人に犯されにいくのか?そういう趣味だったのかよっ!」下卑たように言い放つ。

ショウは聞いていなかったかのようにヒロキに言った。
「花御殿さ。あっちに戻る」

「男のままでか?入れてくれるもんかっ!」ヒロキが言う。

「男で入れてくれないのなら女になるさ・・」

「何だって??」

そう問いかけるヒロキの前でショウは、思いをこらした。そして無意識のうちに演舞を舞いはじめていた。木に再び同化して自分の演舞を眺めていた。美しい肉体。美しい動き。美しい心・・。それがショウの求めるもの。
あの夜、ヒロミと一緒に同化し、美しいと感じた自分を思い浮かべていた。手が足が
舞うたびにその動きはかろやかに曲線を描くようになった。そしてひとつひとつの動作が終わるたびにショウの身体が変化する。腰は大きく、ウェストは引き締まり。柔らかくしかも強靭で美しい肉体へと変化を遂げる。演舞の終わる頃には、ショウに劇的な変化が
訪れていた。

火の薄明かりが、ショウの美しい女性体を照らしだす。幻想的な女神のように、それは闇の中に浮かびあがっていた。かつての肉欲的な感覚ではない。引き締まった美しさであった。ヒロキは茫然としてそれを見ていた。

乳房が揺れる。踊りにあわせて、ショウの膨らんだ乳房が華麗に小刻みに揺れていた。
この世のものとは思えない強い美しさにヒロキは言葉も無かった。

踊り終わり、ショウは再び言い放つ。

「ボクは向こうへいく。もうここに戻る事は無いと思う。色々有り難う。おかげでボクは夢を現実にかえられるかもしれない。」

何の意味がわからないヒロキは、ただ茫然としている。

「さよなら・・」

ショウはきびすをかえすと闇の中に消えていった。あかりもない闇の中でもすべてが見えるように、しっかりとした足取りで・・。

★夢

朝焼けの中、ショウは一人花御殿の入り口に立っていた。昨夜の死闘は本当だったのか
と思いたくなるほど、遠い記憶のように感じていた。
思い起こせばおこすほど、自分でも不思議であった。何しろ「木」に同化したのである。
”これは精神感応力?”ショウはそう思ったがすぐにその考えを捨てた。そんなものじゃないと本能でわかる。感応するのではなく、そのものと同化す るのだ。感応するのであれば、相手の心を読むだけである。自分にとって都合の良いものだけを選択できる。しかしショウはそうでないのだ。
ヒロキの悪い心をも同化してしまいそうになったのだ。あのままいけば、自分は完全に
ヒロキの「悪」に染まってしまった事を感じていた。

更に驚いたのは、木に同化した時だった。ごく狭い範囲ながらも木自体も同化能力を
持っていたのだ。自分と同じようにだった。

「同化能力・・」ショウは独り言のように言う。

それがショウの能力だったのだ。

そんな事を考えながら、ショウは、花御殿への入り口である扉に手のひらをあてた。
このドアは、手のひらから染色体を割り出し、女性と認めた場合に自動的に開くように
なっていた。
今のショウは少女である。扉は受け入れるように内側へ開いた。

ドアの向こうには、無表情に監視員が立っていた。何もしゃべらない。
彼らからみれば、ショウは動物と同じなのだ。動物に話しかけるものはいない。
人間の医者や教師とは違い、彼らは徹底した意識改造をとげていた。ショウたち
mew を人間とは考えないようにだ。

誰何もない・・。

監視員は何も言わなかった。ショウは避けるように横を通りすぎる。そしてその足で
まっすぐにヒロミの部屋へと向かっていった。

ヒロミの部屋のドアのチャイムをショウは鳴らした。何しろ早朝である。たぶん寝て
いるだろう。
何度か鳴らしたうちに、扉の向こうから不機嫌な声が聞こえた。

「はーーいはい。何??こんなに朝早くぅ。誰よ」

ヒロミは寝ぼけた声で言うと、ドアをあけた。

「えっ??ショウじゃない!!どーしたのよぉ。もう帰ってきたの?まだ2日しか
たっていないのに!」

「ただいま」

ショウは微笑んでヒロミに言った。

「はぁ〜、なんて格好してるのよ。素っ裸じゃない。さ、早く入りなさいよ。いくら
熱帯だって、朝は冷えるんだから」
そう言って、ショウを導き入れた。

ショウをベッドに腰掛けさせると、ヒロミはまず下着や衣類を取り出してやった。
いくら何でも若い女性が裸じゃ話しもできない。ショウは手慣れたようにそれを身に
つけた。やっと人心地ついたようにショウも微笑んだ。

「何か飲む?」ヒロミか聞く

「うん。コーヒーがいいな。熱いやつ」

「はいはい。夜明けのコーヒーね」

そう言うと、二人分のカップにコーヒーをつぎ足してショウの前に座った。
差し出されたコーヒーをショウはおいしそうに飲む。

その様子を見ていたヒロミは、尋ねた。

「ね、それでどうだったの?コントロールできなかったの?」

「うん。できたみたい」

「でも、こんなに早く女性になって帰ってくるなんて・・女性化したのは、犯された
からじゃなかったの?」

「違うんだ。ボクは、ついにコントロールできた。彼らの暴力では、女性化しなかったんだよ。それに、女性化したのは自分の意志なんだ」

「自分の意志って・・自分で変化をおこしたの??」

「そう・・。」

「うっそぉ、すっごいじゃない! でも、何ですぐに女性になったの?あんなに嫌がってたじゃない。あ〜、まさかそういう趣味だったのぉ?」
いたずらっぽくヒロミは問いかけた。

「えっ、趣味って・・そうなのかな?自分じゃよくわかんないや。ただ、女性のほうが
奇麗だと思ったんだ。身体じゃなくって、内面的に・・」

「女性の内面って、そんなに奇麗じゃないわよぉ」とヒロミが言う。

「そんな事ない。そりゃ嫉妬やなんかでぐちやぐちゃした意識はあるけど、欲望にまかせた男ほどの心じゃないよ。男ってのは、生理的にそういう本能 があるから・・そういう欲望に身をまかせている時には、獣のようなにおいがするんだ。そして、その獲物はボクなんだよ。これって恐怖なんだよね。いくら強 くなったって・・恐怖の中ではいられない。むしろ嫉妬の方がまだいい。少なくとも嫉妬する側もされる側も同じ次元で相手を捉えているからね。でも獣と獲物 じゃ・・次元が違う。捕食されるものとするものの違いは大きいよ」

ショウは息をつめて、続けて言った。

「それに・・こっちには友達がいるから・・」

「友達って、あたしの事?」ヒロミが聞く。

「もちろんさ」ショウがすかさずに言った。

「ウレシイ!!」こう言ってヒロミはショウに抱きつく。
ショウはとまどいながらもヒロミを受け入れた。少女同士のたわむれとも見えるが
本人たちにとってはお互いの絆が強まった瞬間でもある。

ようやく二人とも落ち着いて話しができるようになっていた。ショウはこれまでの出来事をかいつまんで話す。

最後まで息をつめて聞いていたヒロミは聞き終えて言った。

「ちょっと待って、ショウは、木にも同化したのね?」

「そうなんだ。初めてだったけど」

「あったりまえじゃない。そんな話しは聞いた事もないわ。精神感応とは違うわね。
同化能力かぁ。それで納得したわ。あなたの武道の進歩って異常に早かったもの。回りと同化する事は、流れをつかむっていうことなのよね。あたしの習った武道ではそれが最も大切なこと・・それでも木にまで同化した例はないわ。あなた・・超達人になれるかもしれないわね」

「達人だなんて・・そんな」

「まあまあ、いいわよ。そのうちにわかるわ。それより、これからどうするの?このまま女性としてここで暮らすのかしら?あたしは大歓迎だけど」

「うん。とりあえずコントロールする術はできたし、自分が持っていた能力もわかったし当分はここにいる事にしようと思うの。男性に変わってもすぐに女性になれるから、もう向こうに戻らなくてもいいと思うんだ。もしかすると、それもコントロールできるかもしれない」

「そう、それなら・・そうしましょ。でも・・もうちょっと女らしくしなくっちゃねぇ」
こう言いながらヒロミはしゃべり方が女らしくないとか、足を広げちゃダメとか、うるさい事をさも楽しげにショウに言うのだった。
ショウも女の子として暮らすのだから、女性らしく振る舞う術を知らなくてはならない。今までのように意識は男のままで、女の身体というワケにはいかないのだ。でもそれがヒロミとの絆になるようで、ショウも楽しんでいた。


第3章 獣人たちの叛乱

ショウが花御殿に再び舞い戻ってから1年が過ぎようとしていた。
今ではすっかりここの一員となったショウは、ほとんどの女生徒たちに受け入れられかつての侮蔑的な視線は、かけらさえも感じられなくなっていた。
最初の半年ほどは、男性に戻る兆候があると、すぐに男性化し、再び女性となる事で
北には帰る事もなくすんでいた。
それが1年もたつ今では、その必要もなくなっていた。女性から男性へという過程は
今まで必ず辿らざるをえなかったのだが、今はそれを自由にできるようになっていた
のだ。
女性のままでいたければ、いつまでもそのままでいられるのである。また、時々男性
になる事も意識してやってのけていた。
あのヒロキとの戦いの自分。雄々しく立ち向かった自分を思い描く事でそれは実現で
きていた。
こうして自由にコントロールできるようになると、基本型が「女性」でも「男性」でも
なくなり、どちらにも意識のコントロールでなれるようになっていたのだ。

加えて、同化の能力は、日に日に増してきていた。今では「石」にさえも同化できる
のである。その気になれば、回りの壁自体にも同化できるし、看守にだってできる。
看守の意図するところを一度覗いた事があったが、彼らの意識は、ショウたちを同じ
「人類」とはみなしていないのだった。完全な動物扱いである。

それ以来、看守の意識には同化した事はなかった。

単なる同化だけではなく、同化したその人の身体さえもコントロールできるように
なっていた。言ってみれば、別人に自分の意識を転写する能力である。

生活の変化自体は、それ以上のものがある。コントロールできるまでのショウは
身体が女性というだけで、意識は男のままであったのだが、こうして女性として
生活すれば、意識も女性にならざるを得なかった。

立居振舞も少しずつ女性化し、話し方もそれ相応のものに変化していった。今では
「ボク」とはいわずに「わたし」とか「あたし」とかの言葉が自然に出ているのだ。
学校での授業が終わり、仲良くヒロミと帰ろうとするショウに、引き止めるように
声をかけた女性がいた。

マリコ先生だった。

思えば、この人の言葉でショウはその運命を変えたのだ。恩人と言っても良い存在
である。

「ショウコちゃん。ちょっと話しがあるんだけど・・」

マリコ先生は、いつになく真剣な感じでショウに言った。

「え、あたしにですか?いいですよ。ねぇ、ヒロミさん先に帰っててくれる?すぐ
にあたしも帰るから」

こう言ってショウは、ヒロミとわかれてマリコ先生の医務室へと向かっていったのだ。

医務室に入ると、鍵をかけ、誰も入れないようにしたマリコ先生は、ショウを医務室
のスツールに座らせ、自分はベッドに腰かけながらショウに言った。

「あのね。前に話した事・・覚えているかしら?」

「前って・・コントロールできたらって話しですか??」

「そう、その話し。ここを出られるかもしれないって話しよ」

ショウは顔をほころばせて言った
「忘れるもんですか。それが夢なんですから!」

「そうよね。それであなたの事、上の人に話してみたの・・」

「上の人って??」
と、ショウは要領を得ないように聞いた。

「あなたが本土に戻れるかどうかを判断する、組織のリーダーの事。その人に
あなたの事を報告したのよ」

ショウは、この話しが求めていた事につながる事だと知って唾を飲み込み、先を
促した。

「で・・・どうだったんですか??」

「まあ〜まって。そんなに早く事を運ばないでよ。あのね、結論から言うと
かなり有望なの。でもあなたの能力がまだわからないのよ。単なる性の変身
能力だけではないと分かっているわ。類まれな同化する能力だって事もね。
でもそれだけじゃダメなの。その能力をきちんと把握しきれないと本土にかえす
わけにはいかないのよ。わかる?」

「あたしが予想もできない能力を持っていたら制御できなくなっちゃうからです
か??」

「うふふ。あたし・・か。もうすっかり本物の女の子と変わらないわね」
と優しく微笑むマリコ先生。
この言葉に顔を赤くしてうつむくショウ・・。

「あ、恥ずかしがる事はないのよ。今は女の子の姿なんだから。それはどうでも
いいの。問題は、あなたの能力がどこまで成長しているかって事なのよ。可能性
も含めてね。」

「いったいどうすればいいんです?どうすれば本土にいけるように??」

マリコは決然として言う。

「端的に言うと・・あなたの能力をすべて見せてほしいの」

「ここで・・ですか?」

「そう、ここでよ」

「わかりました。でも、ここには先生しかいません。あたしの同化の能力は、まだ
広い範囲ではできないんです。目の届く範囲しか。だから先生以外の壁や物に同化
しても、同化できた証明にはならないから、先生に同化するしかなくなりますけど
それでもいいんですか?」

「うん、それでいいわ。ちょっとコワイけどね。」

「今すぐ・・ですか?」

「そう今すぐよ」

「わかりました」

決然とした口調でショウは言うと、意識を回りのものに同化しはじめた。そして
ひとつひとつのものを消していく。スツールも壁も無くなり、マリコ先生と自分
しかいないくなる。
そしてマリコの意識に少しずつ触れていき、それに波長をあわせるように慎重に
同化していった。

やがてショウは、先生の意識に問いかけた

”先生、これでいいですか?”

”うわっビックリした!そう、言葉じゃない会話ってこういう風になるんだ。考える
だけで伝わるのね。あなたの優しい心が伝わってくるわ”

”今、あたしは先生の目で見ています。目の前にいる自分を、そして先生にその意識
を読んでもらっているんです”

”じゃあ、ショウコちゃんは、あたしの意識を締め出す事もできるの?”

”締め出すって・・事はないけど、あたしの意識で覆う事はできます。”

”やってみて・・”

”えっ??”

”意識を覆ってみていいって言うのよ。これはあなたの力の実験なんだから”

”いいんですか?”

”いいから・・”

”わかりました”

そうして、ショウは自分の意識で、先生を優しく包んだ。そのかわり先生は何も感じる
事はできなくなり、ショウがすべての感覚を受けていた。ショウはマリコ先生と同化
したのみならず、マリコそのものになったのである。

やがてショウは、視覚だけをマリコと共有するようにした。こうする事で、マリコには
見えていても自分の行動はショウに握られている形になる。

”同化が完全なものになると、あなたは私になるのね・・”
マリコが言った。

”そうです。今は視覚だけは共有していますけど・・”

”それだけ??”

”え??”

”それだけじゃないでしょ。あなたの力は。”

”気が付いていたんですか??”

”もちろんよ、あなたの事は逐一観察していたんだから。その「能力」も見せてほし
いわ”

”わかりました。”

ショウは言った。その途端にショウはマリコの意識から離れる。マリコは開放されて
すべての感覚が戻ってきていた。目の前にはショウがいた。いや・・ショウだった
はずの「モノ」がいた。

ショウは変化していたのだ。身体が少女から大人のものへと変化していく。胸は大きく
なり、髪の色も形も変わっていった。背も伸びている。やがてそこにはショウではなく
もう一人の女性がたたずんでいたのだ。

それはマリコ自身にそっくりな、もう一人の「マリコ」であった。

「それがあなたの能力なのね」

「そうです。最近になってできるようになった事です」こういうショウではあるが
マリコの姿形をとるモノは、マリコと同じ声で答えていた。

変身能力!!驚嘆すべき能力である。同化した先を行き、完全に同化したモノのすべて
を自分の肉体に転写する能力であった。
ショウは言う。

「最初は同化だけだったんです。でも、その同化した意識を持ったまま自分に戻ると
自分の身体が同化した人の身体と同じになるのに気がついたんです。」

「わかったわ。有り難う。十分にあなたの能力は見せてもらった。これを報告して
どんな結果になるかわからないけど、うまくいけばあなたは近いうちに本土に戻れる
事になるかもしれないわ」

マリコは続けて言った。

「能力を持っていても、それをコントロールできなければ、危険な存在でしかないのよ
あなたはその点で十分に優しい心を持っているから大丈夫だと思う・・もしうまくいけばだけど、あなたと同室のヒロミさん??一緒に本土に帰れる事になるかもよ」

そう微笑みながら言うマリコの言葉にショウは再びビックリした。

「えっ、ヒロミさんも一緒にですか?」

「ええ、あの娘の能力も完成の域に近づいているし、あななたちはすっかりいいコンビ
になっているから、二人して政府のために働いてもらうように話しをしているの」

「ヒロミさんの能力って??武道??じゃないですよね?」

「あら、知らなかったの?うふふ。いずれわかるわ。何なら本人から聞いてみたら?」

こう言うと、マリコはすべて終わったと判断して、ショウを帰らせたのだ。

帰り道、ショウは考えていた。

”今まで考えもしなかったけど、ヒロミさんだって mew なんだ。能力を持っているん
だ。でも・・何の能力かしら??”

ショウはいくら考えても疑問に答えがナイ事に気が付き、聞けばわかるさと家路に
急いだ。何よりも一緒にここを出られるかもしれない事がショウの気分を浮きたたせ
その報せを早くヒロミに伝えたくてしかたがなかったのだ。

勢いよく玄関のドアをあける。ヒロミは何事かと、ビックリした顔でショウを見つめて
いた。
「な。何よ??どうしたの?そんなにあわてて??」

「あのね!!ヒロミさん!!ボクたち・・じゃなかった、あたしたち×間△@〜!!」

「なーによ〜。何言ってるのかわかんないわよ。落ち着いてっ、ちゃんとしゃべって
ちょうだい!!」

ショウは息を大きく吸い込んで高ぶる気持ちを押さえて言った。

「あたしたち・・二人でここを出られるかもしれないの!」

「え〜っ、どういう事??」

今度は、ヒロミが驚く番だった。一部始終を聞き終えた二人は、喜び抱き合って
希望が現実になるかもしれない事を喜んだ。
二人は、冷蔵庫にあった水で乾杯をする。この島では水はワインよりも貴重なものだ
祝いごとなどの時は、決まって水での乾杯が習慣になっていた。

それから後は、「もし出られたら」何をするかを二人で話しあっていた。何しろ
今までとは違い、これは現実に近い事なのだ、空しい夢ではない。当然二人の話しは
盛り上がっていった。

そして、話しもつきた頃・・ショウはポツリとヒロミに聞いたのだ。

「あのね・・あたし、今まで聞いた事も考えた事も無かったんだけど・・ヒロミさんの
能力って・・ナンなの?」

「えっ、しらなかったのぉ??知ってるとばかり思ってたけど」

「自分の事で手一杯だったし、ヒロミさんの武道の腕があんまりすごいから能力
ってそういうモンだと思ってたのよ」とショウは先を促した。

「あたしの能力ねぇ〜。一応、武道の延長ではあるんだけど・・」

「何なに??」とショウはせかす。

「念動力に近いのかな?」

「それって、念の力でモノを動かすとか??」

「うん近いけどちょっと違うの。想念エネルギーを固めて物質的にエネルギーとして
放出できるのよ」

「何それ?ぜんっぜんわかんない」

「あはは、あのね。昔武道の達人が、気をためて離れた相手にぶつけると相手が
ダメージをおうとかの技があったわよね。あれに近いの。ただあたしのはもっと
強烈なのよ。相手のエネルギーを奪って自分のものとする事もできるし、それを
固めて力にしてぶつける事もできる・・具体的には、相手の・・mew のパワーを
吸い取ったり、念を固めて凝縮して、それを一気に爆発させる事もできる・・
一種の念爆と言ってもいいかもしれない。とにかくそんなようなものなの」

「そ、それって・・とってもコワイ能力じゃない??」

ショウはおそるおそる聞いた。

「そうよ、だからあたしがここに入れられたわけ。普通なら少々の後天性の mew で
あればそのまま社会に溶けこんでいてもたいした害にはならないの、大抵は、先天性
でなければ、能力は増大せずに逆に退化していくから。でもあたしの場合は違ったの
日に日に能力は強まって、ある日おとうさんの道場を荒らしにきた他の武道家を
その能力で傷つけてしまったのよ」

ヒロミは、暗い顔で、淡々と話し続けていた。

「そのために、あたしは随分と年齢がいってたにもかかわらず、ここに入れられた
の。もう一生出られないと思っていたわ。でも・・出られるかもしれない。嬉しい
のよ。とっても。。」

こう言うとヒロミは泣き出した。長くつきあっていて、彼女が泣いたのを見た
事のないショウはうろたえた。が、自然に優しくヒロミを抱き、二人でこの喜び
をわかちあったのだ。

それから3日後。ヒロミとショウは二人同時に呼び出されていた。

学校の校長室・・と言えば聞こえはいいが、実際には看守長の部屋である。この
刑務所のような場所から出られる唯一の部屋でもあった。

大きな机に太った身体をもてあまし気味にしている看守長の前で二人はたたずんで
いた。彼女たちの背後には、マリコ先生がサポートするように立っている。
看守長は二人を眺めながら言った。

「君達二人は、その能力の高さ、そしてその精神の安定度から判断して、国家の
ために有用に能力を提供できると判断された。従って、君達は、本土に帰れる事
になったおめでとう」

ヒロミとショウは二人で顔を見合わせて、喜びいっぱいの笑顔で、この信じられない
言葉をかみしめていた。

「あ〜、しかし勘違いしてもらっては困る。君達はあくまで人間とは違うのだ。
だから本土内では、人間として暮らしていても、いわゆる人権というものは無い
に等しい。すでに聞いていると思うが、君達の行動は、国によって管理される。
行動の自由はあるが、権利は無い。義務があるだけだ。万一、君達が何かのミッ
ションで失敗したとしてもサポートしてくれる法律は無い。参政権も無ければ
婚姻の自由もない。人を好きになる事まで制限はしないが、結婚はできない事は
承知しているな?君達はあくまで有用な能力を、その国のために使ってもらう
ためにここを出すのだ。その点、くれぐれも肝に命じておくように」

ショウには何でもない事だったが、普通の人間として暮らしてきたヒロミには
この言葉は効いたようだった。ありありと落胆の色を濃くする。
それを見た看守長は言った。

「まあ、実際には、普通に暮らせると言ってもいいだろう。作戦遂行中でなければ
君達はここで暮らすよりは、はるかに人間らしい暮らしができる。普通の mew は
すべて単独行動だ、だから孤独と言ってもいい環境ですごすのだが・・君達には
一緒に活動してもらう。これは実験でもあるんだ。今までバラバラに行動していた
mew が、果たして目的を同じくして活動ができるかどうかのな。」

二人を睥睨して満足そうにした看守長は言った。

「さて、話しはここまで、二人とも納得したものと思う。今日、手続きが終わったら
明日、船にのって本土に帰ってもらう事になる。荷物の類は一切必要ない。すべて
ここにおいていくほうがいいだろう。出発は明日だ。二人ともゆっくり最後の夜を
すごすといい」

こう言って、二人は看守長の部屋を出るように促された。

ショウとヒロミは顔を見合わせ、マリコ先生の方を見て、退室していった。

「ショウコちゃん、ヒロミさん、おめでとう」
マリコ先生が言った。

「ありがとうございます。色々お世話になりました。」
二人で声をそろえて言った。

「あら?まるで最後のような事を言うのね?残念だけど、あたしも明日の船で一緒に
帰るのよ。任期の2年が過ぎたから・・」

「えっ、そうなんですか?じゃあ、向こうに行っても会えるんですね。」

「そうよ、お望みならね。と言いたいところだけど、当分は一緒なのよ、あなたたちの
能力を一番知っているのは私なの、だから当分はあななたちの監視役ね。これからも
よろしく」

そう言って唖然とする二人を後にしてマリコ先生は、医務室へと姿を消した。

二人にとって、ここ南鳥島での最後の夜だった。二人は他の女生徒たちと別れを告げ
て、壁となっているビルの頂上に上がり、最後の夜の眺めを楽しんでいた。

「あ〜、眠れないわ。明日・・とうとうこことさよならだと思うと・・」

と、ヒロミが言う。ショウも同じ気持ちだった。
ビルからは、北の男性地区の様子も見える、真っ暗ではあったが、灯台の明かりで
わずかにその地区も見えていた。

あそこで何年をすごしたのだろうか??と感慨深く眺めていた時・・・・

突如として、灯台の近く、、
ちょうど北区の学校のある付近から火の手が上がったのだ。

「ひ、ヒロミさん!!あそこ!!」とショウは火の手があがった方を指さす。

「何?あれは?」

「わ、わからない・・」とショウが答えるまもなく、あたりにサイレンが鳴り響いて
いた。

ウーーーーーーーッッッ!!

闇を切り裂く、突然のサイレン。予期せぬ何かが起こりつつあった。


その頃、看守長の部屋ではただならぬ雰囲気に包まれていた。

「一体何が起こったんですか!」マリコが突然部屋に押し入り言った。
看守長を含む、この収容所の幹部数名が、一斉にマリコに振り向いた。

「落ち着け!今その事で報告を受けているところだ!」看守長が言う。

「さ、先を続けてくれ」と部下らしき男に言った。30代前半と思われる
その男は無感動な口調で淡々と話しはじめた。

「つまり、このことから察するに、南地区から北地区への侵入があったと思われ
ます。具体的には、獣人たちによる北区への侵略行為です。」

「それがそんなにたいへんな事なのかね?」と50才くらいの別な幹部が言う。

「重要ですって?・・・極めて危険な状態と言ってもいいでしょう。」

「それはどういう意味だ?」と看守長。

「問題は侵入された事ではありません。彼ら獣人たちは、決して群れをなして
行動するような精神はありません。一人一人がバラバラで自分の感情のままに
欲望のままに動くものなのです。しかし彼らは、ちゃんとした作戦らしきもの
に従って行動しています。」

「というと??」他の幹部が促す。

「今回の侵入は、大規模であり、それぞれのグループに別れていくつものセキュリティ
上の問題点を的確についてきています。そのために対応が遅れ、北への侵入を許して
しまったのです。」

「それは単に職務の怠慢ではなかったのか?」と50代の男が言った。

「そうではありません。いくら獣人たちでも、あのビル壁を越えてくる事はいくら
弱点をついたものであってもできるものではありません。彼らだけではないのです
獣人たちが群れで行動する事も信じられない事ですが、今回は、北の mew たちが
手引きしているのです」

「な、なんだと!!」看守長が思わず叫び、立ち上がった。

「mew たちまで・・なのか。いや、そんなはずはない!彼らは獣人たちを毛嫌いして
いるんだ。戦いこそすれ、手を組むなんて考えられん」と看守長。

「そうでしょう。私も最初はそう思ったのです。この録画を見るまでは・・。

と、説明をしていた男は部屋の大画面に警備録画を映しだした。

そこには、何人かの mew がいた。警備員は、獣人たちの侵入に備えて武器を構え
阻止しようとしていた。そこに背後から mew たちがとびかかる。
不意をつかれた形だ。驚いた警備員が mew の行動を阻止しようとした時はすでに
遅く、彼らの超能力の前には為す術もなかった。
すべての警備員は倒され、mew たちは警備ビル壁のドアをあけて、獣人たちを迎え
入れたのである。

それが同時にあちこちで起こった事であった。獣人たちは、mew たちと北区になだれ
込み、この花御殿の警備本部を目指していた。

「うーーむ。これはただならぬ事態だ。獣人にmewたちが加われば・・これは叛乱だ」
と幹部の一人が言った。

一瞬の沈黙のうちに、看守長が重い声をあげる。

「しかたがない。ここは放棄せざるを得ないだろう」

「し、しかし、まだ彼らを鎮圧する事はできるはずです」と50代の男が言う。

「いや、たぶん無理だろう。これは単なる叛乱ではない。実は、これとは別な
情報が入っているんだ。」

「別なと言いますと?」

「この近海に潜水艦が何隻か潜んでいるという情報がはいっている。それに加えて
最近だが、mew や獣人たちを開放するという名目で、彼らの特殊能力に目をつけた
某国の組織が彼らを拉致しようとしている事も情報として入っている」

「どういう事ですか?」

「つまり、これは計画的に叛乱させているのだよ。誰かが手引きしてな。そうでなけ
れば獣人たちがあれだけまとまった行動をするはずもないし、タイミングよく mew
たちが、背後から襲えるはずもないのだ。ここで仮に我々が鎮圧の方向に向かった
ところで、今度は背後にいる何者かが、攻撃を加え、mew や獣人たちを援護する
だろう。そうなったら・・我々はおしまいだ」

「では。どうすれば?」この言葉に、その場にいた者すべてが看守長の方を振り向いた。
「脱出するしかない!すべてを捨ててな」

このやりとりを聞いていたマリコは、驚いた。自分達だけ逃げるというのか?ここは
どうなる?ここにいる女生徒たちは??

「ちょっと待ってください!!」と思わずマリコは大声をあけていた。
「それじゃ、今この花御殿にいる mew たちはどうなるんです?襲われてしまう事は
目に見えています。脱出するのに手をかしてあげなくっては!!」

言葉を遮るように看守長は手をかざし、マリコを押さえた。

「そんな時間は無い。それにここの mew たちだって、叛乱に荷担していないと
どうして言えるのかね?もし、荷担していれば、我々はおしまいだ。それに mew ごと
きにどうしてそこまでやる必要がある?人間ではないのだぞ」

マリコは怒りに震えていた。言葉が奔流となって飛び出してくる。

「彼女たちは人間です。愛する心もあるし、ちょっと違う能力があるだけでこんなに
ひどいところに閉じこめられて・・そして陵辱され、殺されたのではあまりにも惨い
じゃないですか!」

震える声は部屋に響きわたっていた。しかしそれを無視するかのように

「それだけかね?言いたい事は?」と無情な看守長の声であった。
「君もはやく脱出の準備をしたまえ、ここは、爆破する事になる。島全体をだ。危険
な能力を持った者を外に出すわけにはいかないからな・・」

「な、なんて・・こと・・。」マリコは言葉を失い、あとずさった。
そして振り向き、ドアを荒々しくあけて飛び出していったのだ。

”せめて、せめて何人かの mew に知らせて救わなくては・・”彼女はそう思ったのだ。

★南鳥島からの脱出

ショウとヒロミは身体を寄せあい、あたりに響くサイレンと、夜の大地に無気味に
浮かび上がる火の手を見ながら、何事が起こったのかといぶかしんでいた。

「ねぇ、ショウ。あなたの能力で、何かわからないかしら?」

「えっ、あそこまで??遠すぎてわからないよ」

「でも、近くの木々に聞けば何かわかるかも??」

そう言われてみれば、何かつかめるかもしれない。そう思ったショウは意識をこらし
た。
ビル壁のすぐ近くにある大きな木なら何かを感じているかもしれない。そう思いながら
ショウは、木に同化した。

何も見えなかった、あたりには誰もいない。しかし、大気を通じて何事かが近づいて
いるのがわかる。ショウは更に深く同化していった。

何かを感じた。見えなくても木から木へと伝わる意識の情報が、まるで細い線を通じて
伝わるようにショウの意識に流れこんできた。

木の燃やされる悲鳴が聞こえていた。押し倒され、蹂躪される草花の悲鳴も聞こえて
きた。何かが、たくさんの何かが近づいてくる気配を感じていた。その時、ショウの
感覚が匂いを感じていた。

臭覚など木にあるばすもないから、感覚としてである。意識の匂いとでも言うべきものだろうか?
それは今までかいだ事のない匂いだった。いや・・ずっと昔にかいだ事がある。
ナンだろう??ショウは記憶を掘り起こす。そして気が付いたのだ。

「ま、まさか??そんなはず・・ない」

「えっ、何?どうしたの?何が見えてるの?」ヒロミが叫ぶ。

「獣人??・・」とショウがポツリと言った。

「獣人って??どういう事」

そしてショウは、木から意識の同化をといた。これ以上同化していられないほどの
悪意と絶叫が近づいてきて、恐怖を覚えたからだった。
そして息を飲みヒロミに顔を向ける。女性体なのに、そこには危機を感じた男性的
な面影が浮かんでいた。

「獣人たちが・・北区に入りこんでいるんだ」

「獣人って・・あの南の獣人たち??そんなバカな。だってあそこは隔離されて
いるじゃない!」

「でも、そう感じたんだ。ものすごい悪意で、こっちに向かっている・・」

「そ、そんな・・」ヒロミは絶句する。

その時、背後に気配を感じてショウは振り向いた。

「あぁ、良かった。ここにいたのね」

マリコである。マリコは花御殿全域に脱出するように伝えて、ショウたちを探しに
きていたのだ。

「マリコ先生!どうしたんですか?一体何が起こったんです??獣人たちが、ここに
近づいて来るんです!」ショウは叫ぶように言う。

「そう。さすがね。感じたのね。あの獣人たちを」

「じゃあ、やっぱり本当に獣人たちが北区に入ったのね?」とヒロミが言う。

「そう、それも北区の mew たちの手引きでね。もうすぐここにもくるわ」

「mew だって?まさか」とショウ。

「それが本当なのよ。mew と獣人が共謀して、この島に叛乱を起こしているの」

二人は、マリコから事の成り行きを聞かされて信じられない気持ちでたたずんでいた。

「そんな事よりもっと重要な事があるの。ここを早く脱出しなくっちゃ」とマリコ。

「そんなに急がないと危ないんですか?」とショウ。

「危険なのは獣人や mew たちではないの、ここは・・この島はやがて爆破されるのよ!」

「な、なんですって?!」と二人が声をそろえて言った。

「さあ、説明している時間は無いわ。早く、こっちへ。船があるの。それに乗り遅れたら獣人たちとともに、海の藻屑よ」

二人の手を引くようにマリコは階下へと降りていく。流されるままに二人はマリコに
ついていった。ビルの外壁、もっとも下界に近い扉の前に来ていた。

「この向こうに船が待機しているわ。早くっ!!」マリコはせかすように促し
ドアをあけた。
するとドアの向こうに突然、黒光する長い棒が交差し、行く手をはばんだ。

兵士たちだった。

「ちょっと、私達は脱出するの。そこを通してちょうだい!」マリコが語気をあらげて
言った。
ところが、兵士たちは何の反応もみせず、そのかわりにその兵士たちの背後から、あの太った看守長がのっそりと出てきた。

顔は引きつって緊張はしているが、冷静さだけは保っているようだった。看守長は
言葉をまるで打ち込むように、ひとつひとつはっきりと言ったのだ。

「まっていたよ先生。君が脱出組の最後だ。早く乗りなさい。しかし後ろにいる二人
にはこのまま帰ってもらうしかない。残念だがね。勿論、君の行動は罰されるべきではある。mew の少女たちに脱出を促したのだからね。しかしそれは向こうについてからのことだ。君の余計なおせっかいのせいで、こっちは余計な手間をかける事になった。 見るがいい、君の行動の結果を」

と、彼は大きな身体を引いて、ドアの向こうを見せた。
そこには、いたいけな少女の撃ち殺された屍が累々と大地を覆っていた。

「な、なんて事・・を」マリコは言葉ょつまらせる。「人でなし!!」とも叫んだ。
しかし、命は帰らない。二度と帰る事はないのだ。

その言葉を無視して看守長は冷たく言い放つ。

「この mew たちは、無理矢理ここを通って船に乗ろうとしたのだよ。こちらとしては
叛乱mew が潜在的にいるかもしれない事を考えると、すべて始末するしかなかったのだ。ま、どのみち、死ぬのに変わりはない。早いか遅いかだけだがね。さあ、早くこっちに来るのだ。君の後ろにいる mew たちは、ここから先へは通せない。」

「ちょ、ちょっと待ってください。彼女たちは、明日ここから出ていく者なんですよ。
叛乱に荷担するわけがないじゃないですか。すべての mew は別にしてもこの娘たちは・・・」

言葉を遮るように「やれ!」という看守長の声が響いた。

それまで動かなかった兵士たちは銃口を向けると、マリコにあてがい、引き金をひいた。
パシュ!と小さな音が響く。マリコは、力無くショウたちに振り向き、数歩近づいて
その場に倒れた。ショウとヒロミは、マリコを抱き起こそうと、走りよった。
意識がとぎれる寸前のマリコは、兵士や看守長に気付かれないようにそっとヒロミの
手を握った。そしてその手には小さな紙切れが握られており、ヒロミは気付かれないように紙片を受け取った。マリコは、渡した事を確認した途端。そのまま気絶して動かなく
なっていた。

ショウたちは思わず、兵士に歯向かおうと前へでそうになった。しかしそれをはばむように兵士の銃口が今度はショウたちに向けられていた。

「さっさとその女を船に乗せろ!」と近くの部下に命じてからショウたちに顔を向けた。「安心しろ、麻酔銃だ。眠るだけだよ。君達には気の毒だが、こういうわけで例外はない君達にはここに残ってもらう事になる。」

ショウは、同化の能力で指示をかえさせようと試しはじめていた。それをすかさず
感じとってか、看守長はすばやく言った。

「おっと、命令は私を支配しても変更できんぞ。すでに君の能力の事は回りの兵士
たちには伝達済みだ。どんな命令変更も無い事を言ってある。いかに君でもここにいる
すべても者を同化はできまい。人一人だけの範囲でしかない能力のはずだ。」

「くっ・・」とショウは悔しさに歯を食いしばる。

「さて、これで終わりだ。もう二度と会う事もなかろうが、これだけは教えておいて
やろう。爆心地は、島の灯台だ。あの灯台自体がこのような場合に備えて核爆弾に
なっている。この島の10キロ四方はすべて消滅するだろう。しかし一瞬のうちに
死ぬから痛みはほとんどない。楽にあの世にいけるさ。そのかわりこの島のどこに逃げても逃れる場所はない。少ない時間をどうすごすかは君達しだいだ。」

こう言ってから「閉めろ!」と命令を出し、ショウたちの前で脱出への扉は無残にも
閉じられたのであった。

ガックリと膝をつくショウ。茫然とするヒロミの姿だけが残されていた。

しかし、どうする事もできない事態に最初に立ち直ったのは、ヒロミだった。

「ショウ。聞いて!」ヒロミはこれまでになく真剣な面持ちでショウに話しかけた。

「あたしたち、このままじゃ本当に死んでしまうわ。ここを脱出するしかないの」

ショウはびっくりして言う。「でもどうやって?」

「万一の時に、脱出口がひとつだけなんて私には信じられないの。こういう時は
いくつかの方法を用意しているものよ。だから船で脱出する以外にも何か方法が
あると思うの。」

「方法っていったって・・どうすればそれがわかるの?」ショウはまだ気弱であった。

「それはあなたにしかできないわ」

「わたしにしか??できないって?」

「あなたの能力を使うの、確か石にさえも同化する事ができたわよね?それができるな
ら、壁にだって建物にだってできるはずよ。そして教えてもらうの、他のところと違った脱出のための場所を」

「そうか!脱出口は他の場所とは構造が違うんだ、それを探していけばもしかすると
方法が見つかるかもしれないって事だね」

「そうよ。それしか方法はないわ。あたしたち二人だけでも、絶対にここを出ましょ
う。そして帰るの、本土に帰るのよ。どんな事があっても・・」

「うん、どんな事があってもだね」

「あきらめないで・・」

「絶対にあきらめないで、最後まで・・」

二人はみつめあい、そしてここ数時間ではじめての笑顔をかわしていた。

「あのさ、ひとつだけ言っていいかな?」とショウ。

「えっ、何よ?時間は無いわよ」

「あのね。ヒロミさん・・あなたのこと。とっても・・」

「何言い出すのよ?はっきり言って、早く。時間無いんだから」

「だーーいすき!」

と、ショウは言ってから走り出した。

不意の言葉にヒロミは、言葉を無くしたが、顔を真っ赤にして「何バカな事言って
んのよ!」と叫びながらショウの後を追ったのだ。

二人は警備本部ビルの廊下を走っていた。まだ着替えていなかったからスカート姿
のままである。こんな事態にはふさわしくない格好であった。走りにくい・・そう
思ってはいたが、今更着替えようもない。とにかく早く脱出しなくてはならないのだ。

ショウの方は、そんな事を気にしている余裕はなかった。走りながら、壁に同化し
情報を得ようとしていた。
壁には思考があるわけではない。石と同じである。意識そのものが、固定化している
のだ、当然情報そのものも固定化しているため、その構造物は、その目的しか読み取
れない。木々のように情報を伝達するほどの意識は無いのである。

そのために、それぞれの場所の構造物の目的という情報を読み取りながら、走り探って
いく作業であった。
しかし、意識がある木とは違い、個別ではない、ひとつのものでもあるから、いちいち
同化の作業をする必要はなく、一度同化すれば、次次と構造物にスイッチしていける
のだ。このためにショウは走りながらでも構造物の目的を読み取る事ができた。

花御殿のもっとも北にある警備本部の中心部にある最下層にショウたちはいた。その
何も無い壁の前で、ショウはふと立ち止まる。

「ヒロミさん・・ここ・・」

「何?何か見つかったの?」

「うん。ここだけなんか別なんだ。他の目的と違う目的で作られているみたい」

「ちょっと、でもドアも何もないわよ。」

「だけど・・感じる。この向こうに部屋があるんだ。そしてその部屋は何かの目的
のために作られている」

ヒロミはショウをじっとみつめて。息を吐き出し。

「わかったわ。あなたか゛そう言うなら、そこには何かあるに違いない」

「でも、どうやって向こうの部屋にいけるのか??入り口が無いんだ・・どうしよ」

ヒロミはくすっと笑って言った。

「あなた、私の能力を忘れたの??こーゆーのはまっかせなさいっ!」

と、ヒロミはショウにそこをどくように言って、念をこらしはじめた。

ヒロミの身体から闘気が立ち上がる。手の平かぼんやりと薄暗がりの中で光はじめて
いた。やがてその光は手の平の上に凝縮し、丸い形をとりはじめていた。片手を伸ばし
壁に手をかざすようにしたヒロミは言った。

「さあいくわよ!」

その一瞬、ヒロミの手の平の光が忽然と消え、壁の一部に瞬間転移する。壁は振動を
発して、大きく揺れ、光は壁を包みこむように広がる。
やがて、壁がぐらり・と揺れるように動き、一瞬にして砂と化していた。

あとには大きな人一人通れる穴があいていた。

ショウは初めて見たヒロミの能力に驚嘆する。

「す、すごいっ!!」ねえ、どうやったの??」

「簡単よ。爆発させたんじゃ危ないから、壁の分子に気の波動を細かく震わせた状態
にしてぶつけてやったの。こうすると、分子のひとつひとつがつながりを失ってしま
うからまるで分解するように砂になっちゃうわけ。わっかる??」と陽気に言うヒロミ。
しかしショウは「それって・・SFで出てくる分子破壊銃と同じ理屈だよな?おっそろしぃ〜」と思っていた。しかしそんな事よりもやらなねばならぬ事がある。脱出のための
糸口はまだ見つかっていないのだ。
二人は、開いた穴から部屋へと入っていった。

その部屋は狭かった。約10畳くらいの部屋である。薄暗くなっていた廊下に比べて
内部は照明されており、部屋を見渡す事ができた。

どこにも脱出につながるような場所では無い事は一目瞭然であった。部屋は、電子機器
でいっぱいになっており、モニターが4つ、操作パネルやキーボードなどが配置してあ
る。
書類の束もいくつか見つかったが、一体何を書いてあるのか検討もつかなかった。

そのうち、ヒロミが何かに気が付いたらしく、ショウを呼んだ。

「ショウ。ちょっと・・。」

ショウは呼ばれて振り向き、ヒロミに方に近づく。

「何?何かみつけたの?」と、ショウ。

「ううん、そうじゃないんだけど、このモニターを見て」

ショウは4つあるうちのモニターを見つめていた。すべてモニターには何か表示
されているが、画面が動いているのはこのモニターだけである。

モニターには、数字が記されており、それが刻々と変化している。

      061:19

と表示されており、それはすぐに

      061:18

になる。時が過ぎるとともに下の数字が減っていくのがわかった。

二人は突如として数字の意味に気が付いた。
「まさか、これって・・カウントダウン??」ショウは思わず口走った。

「それしか考えられないわね。」とヒロミ。

「じゃあ、あと1時間もすれば、この島は爆発しちゃうんだ!どうしよう!」
うろたえるショウにまるで姉のように優しくヒロミは言った。

「何言ってんのよ。あと1時間もあるわ。それまでに何とか脱出する方法を見つければ
いいのよ」

なんて強い女性だろう。なんて素晴らしい人なんだとショウは思った。

「そうだね。決して最後まで、あきらめない・・だったよね」とショウは元気づけられて言った。
ヒロミと一緒にいる限り、自分は助かる・・そう感じていた。

「いずれにしても、ここは制御コントロールの中心部だと思うわ。他の場所にカウント
ダウンを表示するような場所なんて無いもの。という事は、ここを調べれば脱出口が
わかるかもしれない」と、ヒロミが言う。

「ここはコントロールセンターなんでしょ?だったらもしかすると爆発を止められる
かもしれないじゃない。それを見つけた方が早いかもしれない」ショウはヒロミに反論
した。

「ううん、それは無理だと思うわ。私達が簡単に停止できるようなシステムなんて
作るわけがないと思うの。おそらく停止には停止コードも必要でしょうし、そのコード
が目立つところにあるとは思えないもの・・そんな事で時間をつぶすより、脱出口を
探した方が確実だと思うの」

ヒロミの言葉は理にかなっている。確かにそのとおりだとショウは納得する。こうなれば徹底的に探すしかない。

二人は、書類の束をひっくりかえして調べはじめた。

「無い!ないない!どこにもなーい!」調べても目的のものが見つからず、ショウは
叫び声をあげた。

ヒロミは黙考していた。”書類に無いとすれば・・”と、ふとコンピューターの端末
をみやった。

「書類に無いとすれば、この中しか考えられないわね」とポツリと言った。

「この中ってどれ??」とショウ。

「コンピューターよ。この中にはたくさんのデータがあると思うわ。検索してみれば
わかるかもしれない」

「でも、コンピューターの操作なんて知らないよ。習った事ないもの」

「大丈夫。私は12才までは普通に暮らしてきたのよ。端末の操作だって家でやってたもの。まかせて!」

と、ヒロミは勢い端末に向かった。慣れた手つきでキーボードを操作する。

「あった!検索画面が出たわ。これに検索のキーワードを入力するのよ。もし何かあれば出てくるに違いないの。そうねぇ、キーワードは・・」

と、ヒロミは 《 緊急脱出 》 と入力した。

端末が、検索をはじめて、やがて画面に

《非常用緊急脱出マニュアル》と表示された。続けて《パスワードを入力してください》と表示された。

「パスワードだって!そんなもの知らないよ!」ショウが言い放つ。

「困ったわね。こればっかりはどうにもならないわ・・あっ!!」
ヒロミが何かに気が付いたように小さく叫んだ。

「何?どうしたの?」ショウが尋ねる。

「さっき、マリコ先生が倒れる前に、何か渡されたんだった。すっかり忘れていたわ。
これ以外の脱出口を書いてあるかもしれない」

そう言って、スカートのポケットからマリコに渡された紙片を取り出した。

紙片には簡略だが「図」が書いてあった。この建物のこの部屋の印がついている。

ヒロミは思わず吹き出していた。

「うふふ。あはははは。」大きな声で笑い声をあげた。

「どうしたの?ヒロミさん!」

「あのね。うふ。あんなに必至で苦労して探してたのに、この場所の図が手元にあった
のよ。ここに書いてあったのよ。おっかしいじゃない。でね。その下に一行だけ文字
が書いてあるのホラ」

こう言って紙片をショウに見せた。図の下に確かに書いてある「 hope」と。

「希望か・・希望っていったって、ここまで来るのはこれたけど、この先にすすめ
ないんじゃ希望も何も・・」ショウが言う。それを見てまたヒロミが笑った。

「違うのよ。希望を持てって事じゃなくって・・いえ、それもあるかもしれないけど
これがパスワードなのよ。たぶん」

続けてヒロミが言った。
「恐らく、職員には、緊急用の脱出マニュアルが渡されていると思うの。それを書いて
くれたのね。職員なら端末はいくらでも操作できるから。マリコ先生は私の事を知って
いたから、端末の操作もできると考えたに違いないわ。」

ショウはじれて言った。「じゃあ早く、時間が無いんだから、やってみてよ!」

「はいはい」とやけに落ち着いて答え、ヒロミはパスワードを入力した。

《バスワードを確認。表示します》

と画面に出た途端。ショウとヒロミは腕をとって喜んだ。が、それも一瞬の事
すぐさま画面を食いいるように見つめていた。

島全体の構成図が表示された。ちょうど横向きのものを立て割りにした図であった。
中心に灯台が描かれており、地表からそびえたっている図が見える。確かに地上から
見れば、灯台の図はこう見えるが、断面図では、この灯台の下にもまだ構造物が描かれていた。
「地下だ!あの灯台には地下があったんだ!」ショウは思わず叫んでいた。

そしてその地下の奥深くから海底に通じる通路が伸びており、その手前には、何やら
船らしいものが描かれていた。

ヒロミは思考しながら「これはたぶん潜水艦ね。脱出用のものだと思うわ。」

そう言いながら、ヒロミは画面をスクロールして読んでいった。
これによると、潜水艦は自動操縦で、内部のボタンひとつ押せばそのまま島から離れる
ことができるらしい。しかし、絶海の孤島であるから、それで本土まで辿りつけるわけではない。途中で燃料がきれて、自動的に浮上し、ボートになって海上に漂流する仕組み
になっている。普通ならばこれに誘導ビーコンを発信し、救助してもらうという仕組み
であった。

「いくしかないわね」ヒロミが決然として言う。ショウもそれにうなづいた。

あと時間は40分しか残されていない。灯台までは1キロほどの距離だ。今から行けば
十分に間に合う時間ではある。ただし無事に灯台まで辿りつければの話しだ。
獣人たちが歩き回る危険になった北区を半分ほど横断しなければならない。しかも少女の身でである。見つかれば襲われる事は確実であった。

二人は覚悟を決めて、部屋を出、北区との境界に向かって走りだしていった。

境界にたどり着くと、ドアをあけようとするショウをヒロミは留める。

「どうしたの?」とショウ。

「待って、ここを開ければ向こうには確実に誰かがいるわ。そうしたらわたしたちは
おしまい。襲われてしまう。人数が多すぎるもの。ここは誰もいないようなところから出るべきよ」

確かにそのとおりだ。この向こうには、花御殿に入ろうと獣人や mew たちが待っているに違いない。
「このビル壁にそって迂回し、ロープを使って壁の上から向こうに降りるのよ。向こうからは登ってこられない高さだけど、降りるのはできるわ。でも・・それはもうここには帰ってこられないという意味でもあるわ。」

ショウはヒロミを真剣なまなざしでみつめながら「でもやるしかないんでしょ」と言った。

しばしの沈黙のあと、それを破るようにショウが言った。

「でもやっと意味が分かったよ」

「え?何が?」とヒロミが聞きかえす。

「あの看守長の言った事さ。わざわざあたしたちに爆心地は灯台だ・・なんて教えてくれるなんておかしいと思ったの。あれは脱出口が灯台にあるから、遠ざけておくための言葉だったのね」
ショウが言った。

「そうね。でも確かに爆心地は灯台なのよ。さっきの画面にもそう表示されていたもの」ヒロミが言う。

「じゃあ半分は真実だったんだ・・でもわたしたちはもう知っている。だから向かうしかないんだよね」

「時間がおしいわ。早くいきましょう」ヒロミが促した。

二人はカルデラ状の外壁にそって、島の周囲を迂回するように回っていった。ビル壁からは、やはり獣人たちが、花御殿に侵入しようとやっきになってドアを破ろうとしているのが見える。
獣人たちの多くは、タイプA・・すなわちオオカミ族だった。知能もすぐれているが力も強く、強靭な牙がある。唾液をしたたらせながら歩く姿は悪鬼にも似ていた。
恐怖を感じながら、二人は身を隠し、なるべく誰もいない場所を探していた。

やがて、照明と照明の狭間で、薄暗い場所が見つかった。そしてそこには誰もいなかったのだ。「ここしかない」と、二人はロープを雨樋に結びつけ、地上にたらす。

同時にヒロミが降りていった。ショウも後に続いている。二人は地上に立ち、あたりを物色するように伺っていた。ヒロミは小声で言う。

「ここからはなるべく声を出さないようにいかなくっちゃね。見つかったらおしまいよ」
ショウは言葉は発せずにうなずいた。

闇の中に、木々に隠れるように二人は走り出した。ショウは同化の能力を少しだけ使い
あたりの気配を読み取りながら獣人や mew たちのいる場所を迂回して進んでいった。
毎日訓練しただけあって、足腰は強い。二人は15分後には灯台に近づいていた。

ショウも灯台を見てホッとし、同化をといて灯台に近づいていく。地下室への入り口は
何と灯台の頂上からである。容易にわからないように、一旦登って入るようになって
いたのだ。螺旋階段はおそらく二重構造になっていて、外からは見えないようになって
いるに違いない。

二人は灯台に登ろうと、階段の前まで来た時、ショウは気配を感じていた。

しまった!!と思った時は遅かった。同化をとくべきではなかったのだ。最後まで。
灯台が見えた事で安心し、人の気配を見逃してしまったのだ。

階段のところから、影が飛び出してくる。

「よぉ、ショウ!待ってたぜ」

嬉々とした声がショウを呼んだ。

「ヒロキ!!」

ショウが叫んだ。

なんてしつこいヤツだろうか。ショウがこの灯台が好きなのを知っていて、ここに
待っていたのだ。

「ふっ、やっぱりきたな。おまえはこの灯台が好きだったからな。必ず来ると思ったぜ」
「ヒロキ!今はそんな事を言っている時じゃない。この島は爆発するんだぞ」
ショウが説得をこころみる。

「知ってるさ」とヒロキ。

「知ってるって??だったら何で??」

「脱出しないかってことか?そりゃするさ。もうお迎えはそこまできているからな。おまえは知らないだろうが、ある国の組織がな俺達を雇ってくれるんだよ。自由と引き換えにな」

「おまえも反逆者だったのかっ!」ショウが言う。

「反逆者??オレはもとからこんなところにいるつもりはないし、ここの味方でもない。幽閉されていたんだぞ。自分の意志に反してな。前から彼らとは連絡がついていたさ。
ここの獣人たちと結託して、この島から看守たちを脱出させる。その後で爆破するのは
わかっているから、連中がいなくなったところで、俺達は悠々と迎えにきた潜水艦で
脱出するってワケさ。あいつらは俺達が死んだと思うだろう。そう思わせる事がこの作戦の目的なんだ。どうだ?ショウ。俺達と来るか?色々遊んでやれるぜ?」
下卑た笑いでショウをからかうヒロキだった。

もう二度と彼に、彼らに好きな事はさせない。そうショウは思っていた。

「あた・・いや、ボクは・・自分で逃げるさ。だからほっといてくれ!」

「へっ、ボク・・か。見れば女の姿なのに意識だけは男か?逃げるって??そうはさせないさ。オレはおまえに復讐したあとに逃げるんだからな。オイ。やるぞ!」

と、背後に向けて言い放つヒロキ。
それに呼応して大きな姿が闇から浮かぶように出てきた。

獣人だ。一人はタイブAの、もう一人は・・みた事がない獣人だ。獣というよりは
タコに近い。長い触手をたくさん持っていて、それを自由に動かしている。
足は昆虫のような節足の足だった。人間の足とは間接が逆に曲がるようになっている。
ジャンプ力は相当なものだろうと思われた。身体にはたて裂きになった口が牙と一緒に
うごめいていて、粘液をしたたらせていた。顔の部分は無かった、触手が頭頂でまとまっていて、その下に対の目がこれまた縦に2つついている。磯巾着のようにも見えた。

「こいつらはな、オレの仲間さ。単なる mew とは違って役にたつやつらさ。せいぜい遊んでもらいな」

これが合図のように獣人たち二人がおそいかかってきた。

タイプAは、ヒロミに、タコのようなヤツは、ショウにおそいかかる。

タイプAのオオカミ男は、ヒロミに強靭な爪でおそいかかった、なぎ払うように爪をふりかざす。
ヒロミは、それを素早くよけた。普通の人間ならば、よけられないほどの早さだったが
ヒロミは達人である。これまた常人の早さではなかった。スカートをなびかせながら
よけると同時に獣人の股間に蹴りの一撃をあびせた。

男子であれば悶絶ものだろうが、獣人の股間はコンクリートのように固い。弱い部分を
保護するように、固い毛がおおっていてまるで鎧のようになっていた。
ヒロミは蹴りを入れた自分の足がはねかえされてバランスを崩していた。そこにオオカミ男の二の腕がヒロミをつかまえる。
ぐいっと引き寄せられて、獣人の口元に近づけられる

「いやぁ〜ーー!!」
ヒロミは叫び声をあげた。悪臭を放つ唾液が、ヒロミの白いブラウスにしたたり、ベトベトに汚す。濡れて半透明になったブラウスから、下着のラインが薄く見えていた。
これに欲情したのか、獣人はすぐには殺さず、ヒロミをもてあそびはじめていた。獲物をもてあそぶように。するどい爪でブラウスをひっかく。
ピーっと、布が割ける音。ヒロミの盛り上がった胸と、下着がむき出しになっていた。

獣人と言えども基本は人間である。ヒロミを性欲の対象として見ているらしい。そこに
隙が生じていた。ヒロミはこれを冷静に見ていた。汚されるという嫌悪が、ヒロミをか
えって冷静にさせていたのだ。この隙をみのがさずにヒロミは、手で気をためて放つと
同じ事を足にためた一撃で獣人の股間をけりあげた。

「ぐぉ〜」と獣人の出すはじめての叫び声。

獣人は股間をおさえて、ヒロミを放し、その場にうずくまっていた。
ヒロミは警戒をとかずに、そのまま念をこらす。気の凝縮である。手の平にすべての
念を集中させていた。手が暗がりの中で光はじめていた。両手である。
それをあわせるように2つの光をひとつにして、獣人に両手を向けていた。

痛みから立ち直った獣人が立ち上がると、憎悪の目をヒロミに向けた。「食ってやる」
獣人の目は、欲情から「食欲」へとかわったようだ。

ものすごいスピードで、獣人はヒロミにせまった。

ヒロミにあと一歩というところで、ヒロミの両手から閃光が走った。気のエネルギーを
噴出させたのだ。光の塊は、獣人の身体をつらぬいた。上半身と下半身がまっぷたつに
折れるように離れ、獣人の身体は、ヒロミの足元に屑折れたのである。

ホッとするヒロミ。思わず警戒をといて、ショウをみやった。しかしその時、お腹のあたりに激痛が走った。
引きちぎられ、残ったブラウスが、スカートが血にまみれていた。噴出するようにヒロミのお腹から血が流れ、復圧で内臓も流れだす。

何事がおきたのか、まるでわからないというようにヒロミは足元を見た。

獣人の上半身が、その最後の力を振り絞って、鋭い爪でヒロミのお腹を切り開いたので
ある。
ヒロミの血を顔に受けて満足そうにした獣人は、笑みのようなすさまじい笑顔をはりつけてそのまま絶命した。

ヒロミも力がぬけるように倒れる。信じられないというようにクビをふりながら大地に
ころがった。

これを見ていたヒロキは「ほほぉ、相打ちだったか。おしかったな。もうちょっとで
助かるところだったのにな。オレもひやっとしたが、獣人の体力をなめた報いさ。死んで反省しな」と冷たく言い放った。

「ヒロミさん!!」ショウは、タコ獣人の触手をかわしながら叫んでいた。

しかしショウは、ヒロミを助けに行く事ができない。この獣人を倒さなくてはだ。
今まで攻撃的になったことがないショウだった。襲われてもよけるだけですべてを解決していたのだ。
しかしヒロミの様子をみて、ショウは怒りで身体をふるわせ、はじめて攻撃しようと決心したのだ。

獣人の意識は同化するのにはあまりにもなまなましい。自分もその意識に染まってしまいそうだからだ。だから深く同化しようとは思わなかった。しかし今その禁がとかれ、怒りに染められたショウの意識は、獣人の意識とすんなりと同化したのだ。

ショウは、獣人の前で止まり、身体を動かさなかった。

触手はショウの手や足にまとわりつき、ショウを持ち上げる。また別の触手が、ショウの胸を締め付けていた。
ショウの胸がゆがみ、形をかえられ、触手の吸盤に吸い付けられたヒロミと同じブラウスは、ひきちぎられてしまった。身体じゅうを触手が縛りつけている。
この獣人には性欲は無いらしく、それで欲情しているわけではないらしい。ただショウを動けなくしているのだ。

その瞬間、ショウは獣人と完全に同化を終えた。獣人の動作が停止する。

ショウは意識の中で、獣人の意識と同化していた。自分が獣人であり、またショウでも
ある。このままヒロキを攻撃させようかとも思ったが、獣人に対する怒りの方が強かった。

ショウは、触手をもっていた。それを自分の目で見、そして自分で感じていた。触手に
はショウ自身がからみつかれ持ち上げられているのが見えた。

ショウは、胸にまとわりついている触手を見て思った

”この触手は、存在しない”・・と。

すると、ショウの胸にまとわりついていた触手が急に力をなくした。存在しなくなったのではなく、コントロールができなくなったのだ。
続けて、足に、股間に、手にまとわりついている触手にも同じ事をした。

獣人の触手は次々と力をなくし、持ち上げられていたショウを地上におろすとともに
離れていった。
しかしショウはまだやめなかった。同じ方法で、足をも動けなくしてからやっと獣人との同化をといたのだ。

目の前には動けなくなった獣人がいた。口からは、叫び声などあげないが、何事がおこったのか理解できないらしく、泡の粘液を飛ばしていた。

ショウは、近くにある木を見つめた。前に闘った時に同化した大木だった。その大木が、何故だかショウに同化しようとしているのだ。何故だろう?と思ったが、それより早くショウは再び大木と同化していた。

前の戦いで燃やされた木の事を大木は悲しんでいた。そして、大木は今は無い燃やされた大木と同化している時に得たその木の情報マトリクスを持っていた。燃やされた木の組成や意識のすべてであった。燃やされた木は、ちょうど、タコ型獣人の今いるところにあった木だった。

ショウは分かったというように、意識でうなずいた。そして大木から、燃やされた木のマトリクスをショウ自身の中に、うつしとったのだ。

こうして大木との同化を切り離し、元に戻ったショウには、燃やされた木のマトリクスをもった自分がいた。

ショウは再び、獣人とあいまみえる。そして同化し、獣人の意識を支配した。獣人の意識のひとつひとつを構成しているマトリクスを有無をいわさずにひとつひとつ切断していく。そのたびに獣人は声無き悲鳴をあげていた。
しかしそれもすぐに聞こえなくなっていく、意識するほどのマトリクスは、なくなって
いったのだ。獣人の意識・組成マトリクスをすべて切ってしまうと、空白の自分がいた。そしてその空白に注ぎ込むように、燃やされた木のマトリクスを注入し、ひとつひとつを結びつけていったのだ。

ヒロキは、獣人が動かなくなり、ショウも動かなくなった事に不審を抱いていた。
何やってるんだ?さっさと片付けてしまえと思っていた。
しかし、ヒロキの目の前で突然不思議な事がおきはじめたのだ。

獣人の触手は、次第に固く茶色いものに変化していった。まるで大地に根をはるように
だ。やがて、身体も同じようになり、高速撮影を見るように、獣人の身体はメタモルフォーゼしていった。
1分ほどの時間もたっただろうか?そこには獣人はいなくなり、一本の若々しい木がたっていた。その前でショウがたたずんでいる。

ショウは、獣人の肉体を使って、燃やされた若い木を復活させたのである。
”どうせ、わずかな時間。爆破までの短い時間だけど・・”とショウは思う。しかし
大木の悲しみを少しでもやわらげられるならという気持ちでやった事だった。

同化をといて自分に戻ったショウは、ヒロキに振り向いた。そして目にもとまらぬ動作
でヒロキの目を指で軽くついたのだ。超能力封じである。ヒロキのように目で相手をとらえて能力を発揮するものは、目を封じればよいのだ。
そして、間接技で、手や足をはずして逃れられぬようにした。

大地に絶叫してのたうちまわるヒロキを無視するように、ショウはヒロミのそばにかけつけたのだ。

「ヒロミさんっ!!」
抱き上げて涙を流すショウ。それに気が付いて薄目でショウを見るヒロミだった。

「ショウ・・・無事だったのね」

「ヒロミさん。今すぐ助けるから・・」

「だめよ。あたしは・・もう内臓がはみでているもの・・助からないわ・・」

とぎれる声で必至に言った。「早く、あなただけでも逃げて・・」

「できないよ!そんなことできない!一緒に、最後まであきらめないって言ったじゃない」
涙声でショウが絶叫する。

しかし、ショウにも分かっていた。ヒロミが助からない事は。
ヒロミの身体は、すでに青白さを増していた。一筋の光が、その目から頬を伝っていく。

「ごめんね。一緒に・・いけなくって・・」ヒロミは、こういって、意識を失ったのだ。
「ヒロミさん、ヒロミさん!!だめだぁ〜、いっちゃダメだ!だめだ、死ぬもんか死なせるもんか!!ボクが絶対に死なせない!!」闇のこだまするショウの声をあざわらうようにヒロミが少しずつ冷たくなっていく、心臓の鼓動もかすかになっていった。

「だめだっ!!!」

そう叫んで、あらんかぎりのエネルギーでショウはヒロミに同化した。
すでにヒロミの意識は、消えかけていた。それに同化し、ひっぱりだそうとするがヒロミは沈みこんでいくだけだった。

ショウは意を決して、意識をすべて自分の中に吸い込んでいった。ヒロミの顔、ヒロミの身体、ヒロミの記憶・・・ヒロミの感じている事、考えている事・・その能力まで。

ヒロミのすべてのマトリクスだ。木とは違い、膨大な量のマトリクスでショウの意識が
押しつぶされそうになる。それをこらえて極限まで取り入れるショウ。やがてすべての
マトリクスを取り入れたショウは、ヒロミの身体が冷たく、鼓動も停止しているのを感じていた。自分の意識に戻るショウ。

ショウはヒロミをおいて、立ち上がった。

そして、涙を払い、転がっているヒロキを抱えあげた。

鳴咽がショウの喉元を通過し、ヒロキは見えない目でそれを知った。

苦痛にまみれながらもヒロキは悪態をつくのを忘れなかった。

「へっ、死んだのか?あの女?ざまあみやがれ」

ショウは無言でヒロキを抱えて灯台を登っていった。

「オイ、どこに連れていくつもりだ。ここは爆心地だぞ、放せこの野郎!」

これも無視し、ショウは灯台に登りつく。あたりを見回し、ここで海を見ていた日々を
思い浮かべていた。しかしそんな思い出にひたっている余裕はなかった。
灯台の内部に入り、ドアを探す。ここのどこかに入り口があるはずだ。

やがて端末とキーボードに気が付いた。電源を入れてみると、パスワードを聞いてくる
これにショウは hope と入力した。すると壁の一部が突然開き、ぽっかりと、下に通じ
る別の階段があらわれた。

ヒロキは暴れていたが、ショウは無視し、その階段を下っていった。背後でドアの締まるシュッっという音が聞こえていた。これで、誰も入ってこれない。脱出口についたのだ。ショウは安堵していた。

そのまま階段をくだる。長い階段をおりると、直線の廊下がずっと続いていた。ショウは廊下を歩いていく。あと15分ほどで爆破する時間であった。

廊下の終わりは、小さな港とでもいうべきものになっていて。3台の潜水艦が浮かんでいた。

その港にヒロキをおろす。あたりは照明で照らされ、昼間のような明るさだった。

ヒロキも目をしばたたいていた。やっと視力が回復したようだ。しかし、間接をはずされた激痛のためか精神集中ができず、超能力を使って攻撃はしてこなかった。

「おい、ここはどこだ。オレをどうするつもりだ?」

ショウは黙って、ヒロキを見続けていた。

「ヒロキ。君にはつぐないをしてもらう・・」

「なんだって??死んだ女のか?へっ、そんなの知ったことか!」

「君にはその死んだ女になってもらうんだ・・」

「何言ってやがる。とうとうおかしくなっちまったようだな」

ショウは無言で、ヒロキにいきなり同化する。そして完全にヒロキに同化した途端、押し込めていたヒロミのマトリクスを一気に放出した。支えきれないほどの情報量にショウも絶えきれなくなってきたのだ。
ショウは、ヒロミの意識だけは自分に残し、肉体構成のマトリクスだけを一気に流しこんだのだ。

「うわっ」とヒロキの声が思わずあがる。

ショウは、同化したまま、マトリクスを流しこみながら、ヒロキの肉体を構成している
ものをひとつひとつ切り離していた。

その途端、ヒロキの身体が変化する。
ヒロキを構成しているものがとぎれ、新たにヒロミを構成しているマトリクスがその肉体を支配しはじめていた。

Tシャツは、二つの丘が盛り上がり、身体が女性らしく変化していった。

「た、たすけて・・」とヒロキは情けない声をあげたが、それは、中性的な女のような声に変化していた。

やがて、ヒロキは、ヒロミの姿となっていた。寸分たがわぬ美しいヒロミの姿がそこにはあったのだ。だがまだ意識はヒロキのままである。

「ショウ!何をした!」とヒロミの声で尋ねるヒロキ。

「つぐないさ。どうだい。女になった気分は?」

「お、オレが・女に??バカなっ」

そう言ってはみるものの、声も姿も先程の女の姿である事を知って茫然としていた。

「大丈夫。君がやったみたいに犯したりはしないさ。ボクが男になって、そうやってもいいんだけど、ボクにはそれよりヒロミさんの方が大切なんだ。君にはヒロミさんに身体を提供してもらうよ」

「ナンだって??」

「ボクの力は同化の力さ。でもただ同化するだけじゃなくって、他の人の姿や意識をそのまま映しかえる事もできるらしいんだ」

「そんな事できるはずがない。そんな能力なんて聞いた事がないぞ」

「ボクもそう思ってたさ。さっきまではね。でもあの大木が教えてくれた。自分の仲間を復活させる方法をね。そして、ボクはその方法で獣人を木に変えたんだ・・」

ショウは、ヒロキに可愛らしい、そしてきついまなざしをむけて言った。

「同じ方法で君にヒロミさんをうつしかえて復活してもらう。君は存在しなくなるけど、それはつぐないだと思ってくれ今から、意識を注入するよ。じゃ本当にさよならだ・・」
「いやだぁ〜」と叫ぶヒロキにショウは、一瞬にして同化し、意識を一体化させた。
そしてヒロキの意識の糸をひとつひとつ断ち切っていく。木とは違って多くの複雑なものではあったが、丹念にヒロキを消去していった。

すべてを消去しおわった後、ショウはヒロミの意識のすべてを流れるままに開放し、ヒロキ・・いや、ヒロミの肉体にそれを注ぎこみ。ヒロミの意識を肉体につなぎとめていった。
すべてを終えて、ショウは、自分に意識を戻していた。ヒロミはまだ気絶していた。
まだ意識と身体が完全に結びつかないためだろうか?しかし、徐々に結びつけられいずれは意識を取り戻す事はショウにはわかっていた。
今は早く脱出しなくては・・そう思った時、すでに爆破時間残り5分をきっていたのだ。
大急ぎでショウはヒロミを抱えあげ、潜水艦のひとつに乗り込む。
小さな潜水艦で、6人くらいしか乗れないものだった。

しかしたった2人だ。難無く収容された。シヨウは制御室に入り、発信脱出用ボタンを押し込む。潜水艦は自動的にハッチを閉め、ぐるっと回頭し、静かに海水に沈んでいった。
やがて海底の脱出口から出た潜水艦は急に動力を限界まであげて急発進し、ものすごいスピードで島を離れていった。

潜水艦のモニターにも、爆破の残り秒数が表示されている。あと50秒、40秒・・
時は刻々と過ぎていく、果たして十分に離れられるのか?ショウは心配していた。

カウントダウンは佳境に入る。5.4.3.2.1・・0

時間だ。と思った瞬間、激しい衝撃が潜水艦をゆさぶった。きりもみ状態になるが、自動操縦の潜水艦は、安定を取り戻していた。

南鳥島は、一瞬にして吹き飛んでいた。破壊の後も無いほどに、あとには海が広がっているだけだった。衝撃波はいくつかの津波を呼び、海上にいるものはよほど遠くに離れていないかぎり助かるものはいないだろうと思われていた。
助かったのは潜水艦で海の底にいるものか、脱出してすでに遠くに避難した看守長たちだけであったろう。

やがて、朝の光が海上を満たす。おだやかになった海の上に突然潜水艦が浮上する
その潜水艦は、二つに割れて、中からボートが飛び出していた。そしてその中には
気絶したショウと、ヒロミが横たわっていた。

疲れきった少女たち。これから行く宛もない少女たちであったが、生きる事をあきらめずに、死の中から脱出してきたのである。
朝の光は、それを祝福するように、二人を照らしだし、水滴のついた二人の姿はその光をはねかえし、天使を思わせる美しさをかもし出していた。

第4章 第一部エピローグ・・・本土へ

赤道に近い太平洋のド真ん中に、波にもまれるようにただようボートがあった。
ジリジリと暑い太陽が二人の肌をこがしていた。
ショウは疲れきって眠っており、先に目をさましたのはヒロミであった。

ヒロミは頭をふってから顔をあげてみた。海だ。回りが海で囲まれている。
「島は??」とあたりを伺うが、島らしきものはまったくない。

”じゃあ、あたしは脱出できたんだ!”感動とも喜びともつかないものが身体をかけめぐっていた。ふと、横に寝ているショウに気が付く。
”ショウ、あなたが連れてきてくれたのね。二人で生きて出られたのね・・”と感謝に
似た気持ちでショウを優しく見つめていた。”よかった・・”
しかし、そこでフト気が付いた。
「いや、違う。違うわ、私は・・あの時・・お腹を切られて・・」はっとしたように
自分のお腹を見た。
Tシャツだ。下は短パンをはいていた。ブラジャーもつけていないらしく、乳首が
シャツに浮かんで見えていた。何故??着ているものが違うの?とも思ったがショウ
が着替えさせてくれたかもしれないのだ。しかしそのわりにショウは、ボロボロになったミニスカートとブラウス姿で自分は着替えもしていないらしいのだ。

急いで、シャツをめくりあげ、お腹を見てみる。傷あとひとつなかった。何故??
疑問が次から次へと浮かびあがる。
いっぱい血が出て、内臓も飛び出して助かるはずのない傷だったし、自分が死の淵に
沈んでいくのがわかったのだ。その時ショウの意識が自分を支えたような感覚はあったけど・・助かるはずがない。神でもない限りは・・。

じゃあ、今の私は一体誰??それとも夢なのかしら?それともここは天国?やっぱりあたしは死んでしまったのかしら?ショウと一緒に??わからない。どう考えてもつじつまがあわないのだ。

ふと、ショウを見た。”ショウに聞けば、わかるかもしれない”そう思って、ショウを揺り動かした。

「ショウ。ショウってば」

「う・・うん・・ん」ショウは寝ぼけ眼をこすって起き上がった。

「ヒロミ・・さん・・気がついたんだ・・」ぼーーっとして言う。
「あれ??ヒロミさん??ヒロミさんだよね??」

「何言ってんのよ。あたしに決まってるじゃない!」

「やった!!生き返ったんだ。カミサマ!有り難う!ボクの大事な人を生き返らせる能力を与えてくれて!!」ショウは天に向かって感謝しはじめた。

「ちょっと、ショウ。私には何が何だかわからないわ。説明してよ。ここは地獄?それとも天国なの?」ヒロミがすねたように言う。

ショウは満面に笑みをうかべて、ごめんごめんと言いながら、事の経過を説明しはじめた。
聞いているヒロミは、信じられないという顔をして目を丸くしている。

「じゃあ、あたしは元のヒロミではないのね?ヒロキという男の子の変身したものなのね?」ヒロミが言った。

「違うよ。ヒロミさんはヒロミさんさ。ヒロキからもらったのは、単に肉体の構成要素
すなわち有機物だけなんだ。意識もヒロミさんのものだし、肉体もヒロミさなのもの。
ただヒロミさんの肉体を再構成するためには、まったく無じゃ作り出せないでしょ。だからヒロキの有機体を分解して、それをヒロミさんのものに構成しただけなんだ。元とか
なんかじゃなくって、その身体は前のヒロミさんのものなんだよ。死ぬ直前の・・」

「じゃあ、あたしは幽霊ではないし、元のままの自分で、生きて脱出したって事??」
とまるで念押しするように聞いた。

「もちろんさ」とショウ。

ヒロミはしばらくこの事実を反復していたが、やがて「やったぁ!!」と叫んでボートの上を飛び回っていた。ショウも喜ぶヒロミの姿に思わず微笑んでいた。

しかし、ショウは急に真顔になってヒロミに聞く。

「でもさ、何とか生きて脱出はしたけど・・これからどうするの?こんな海の真ん中で。水や食料は2週間分くらいはこの船に積んであったから、しばらくはいいけど、それまでにどこかに漂着する事はなさそうだし、それに救急用のビーコンは、発信していいものやらわからないし」

「そうね。ビーコンを発信したところで、助けにきてくれるとは限らないわね。もしかするとそのまま殺されてしまうかもしれないわ。何しろ一緒に爆破しようとしたくらいだから・・」とヒロミは言った。

二人は色々と相談したが、何も良い考えは浮かんでこなかった。動力も無いこの船では
どこへも行きようがなかったのだ。とにかく漂流するにまかせるしかなかった。

照り付ける太陽の中、5日間が過ぎた。二人の肌も真っ赤になってやけていた。
「あ〜もぉ、美人がだいなしよね」などとヒロミが言う。まだ余裕がある二人だった。
しかし1週間も流されるとだんだん不安になってきた。このまま食料もつきてしまうかもしれない。その時は、殺されるのを覚悟でビーコンを流そうと相談した二人であったが、ある日、二人の前に大きな魚影が近づいてくるのが見えた。

最初はサメだと思ったのだ。この海域にはサメは多い。襲われる事もあるかもしれなかった。ゴムビニール製のボートだから噛まれでもしたらアウトだ。二人は息を飲んでその
魚影が近づくのを見ていた。

ボートにぶつかる寸前、その大きな魚影は跳ねた!跳ねてボートを飛び越え、反対側に
着地したのだ。サメがそんな事をするはずがない。二人が見たのは「イルカ」だったのだ・。

「ああ、ビックリした。サメだと思ってビクビクしてたんだけど・・よかった」とショウが言った。

イルカは人なつっこく、ボートの回りをぐるぐる回り、やがて顔を出して二人の顔に海水をかけだした。

漂流している事実も忘れさせてくれるほど、このイルカの行動は二人を楽しませてくれた。きゃあきゃあ言いながら、二人はイルカとたわむれる。イルカの方も危険なものではないと警戒もせずに二人のボートと遊んでいた。

やがて両方とも疲れたのか、イルカはボートの近くでゆっくりと遊泳し、二人はボートの上に寝転がっていた。
ヒロミがふとショウを見て言った。

「あ〜楽しかった。イルカって可愛いわねぇ。でもいいな。あの子たちは自由に海を泳いで、本土だって島だって好きなようにいけるんだもんね。あたしたちみたいにどこにもいけなくなって切羽詰まったような事もないだろうし・・」

そのヒロミの言葉にショウは、キョトンとしたような目でヒロミを見つめた。

「な、何よ?あたしなんかヘンな事言った??」ひろみがけげんそうに言う。

「それだ・・」

「え、何?」

「それだよ、ヒロミさん!イルカになればいいんだ!あぁ、何でもっと早く思いつかなかったんだろ。」

「ちょっと、どういう事?・・・」と言ってからヒロミも気が付く。ショウの能力をすっかり忘れていたのだ。

「そうか、ショウがイルカになればいいんだ!」ヒロミが言った。

ショウがイルカに同化して、島なり本土なりにこのボートを運ばせればいいのだ。その事に気が付いた二人はやっとの事で希望を見出していた。

「でも、ひとつだけ不安な事もあるんだ・・いくらイルカだって、1匹で泳いでいちゃどこまでいけるやら見当もつかない」

「でもやるしかないのよね。」ヒロミがどうしようもないというように手の平をあけて言った。
そして続けて言うのであった「ねぇ、ショウ。イルカと同化して支配するのじゃなくってイルカに頼んでみたらどうかしら?イルカって群れで行動する でしょ。それに知能も高いと思うわ。図鑑にはそう書いてあったもの・・だったらあたしたちの窮状を理解してもらって助けてもらう方がいいかもしれない」

「うん、まずその方法でやってみる。そしてどうしてもダメだったら、完全同化してみるしかないよね。よし」

ショウは念をこらす。イルカの存在を感じ取った。しかしショウはびっくりしたのだ。
イルカは一匹ではなかった。近くに何匹ものイルカの群れがいた。これなら何とかなるかもしれないと、ショウは一番近くにいる最初のイルカに同化したのだ。

言葉ではない。意識の流れが感じられた。イルカはびっくりしていた。しかしショウは優しい気持ちをイルカにそそぎこんだ。イルカはそれを感じてすぐに落ち着く。
テレパシーとはまた違う。意志の伝達というよりは、記憶の交換であった。同化したもの同士の記憶を交換するようにショウとイルカは「感じとって」いた。

ショウはここまでの脱出の出来事をイメージしイルカに伝えたのだ。

イルカはすぐに理解した、やはり知能は高い。物事の判断能力という点では、人間などよりも賢いかもしれない。彼らには道具を使う手もなく、文字も 無い。もし彼らに文字があったり手があったならば人間よりもはるかに優れた存在になっていたかもしれない。ショウはそう感じていた。
イルカは海上に上半身を出すと、キュキュキュっと言う鳴き声をあげて二人から遠ざかっていった。

ショウは同化をといて戻っていた。ヒロミが心配そうに聞く。

「ダメ??だったの?」

「わからない・・意志は通じたんだ。わかったという考えはもってたみたい。もっと深く同化すればわかったかもしれないけど、お願いだったから、浅く同化してたし・・」
と、ショウが言う間に、ボートがガクン!と揺れた。

突然、ボートは動きはじめた。しかもスピードがどんどんあがっているのだ。方向転換してひとつの方向へまっすぐに進みはじめていた。

「ショウ!あれ!」とヒロミがボートの外を指差す。ショウは思わずボートの回りを見た。ボートはイルカたちに囲まれていた。何匹ものイルカが、ボートの下にもぐりこみ、それを持ち上げるようにして、ボートを背にのせたまま海上を泳いでいたのだ。
まるでモーターボートなみの早さで二人は進んでいた。
どこに連れていかれるのかはイルカしだいであったが、二人は漂流から一歩進んだのだ。未来に何が待ち受けているかはわからない。

本土に帰ったところで、二人は受け入れられないだろう。それでも帰りたいという欲求は他の何者にも優るものがあった。イルカはそれを感じとっているにちがいない。
このボートは、本土を目指しているにちがいなかった。
波しぶきを受けて夕日に向かって海上を疾走するボートは二人を運命へと向けて運んでいた。

   第1部終了 完